黒アラユア



見舞いに来てくれたアラゴと話していると、おかしなタイミングで会話が途切れることが増えた。

「アラゴ?」

例えば今のように。
焦点の合っていない目で急に表情を消し黙り込んでしまう。
そして何度か名前を呼ぶと慌てて笑顔で取り繕うんだ。

「アラゴ!」
「っユアン、ごめん何?」

こんな風に。
疲れているんだろうといつも強くは追及しなかったが、こうも頻繁に起きると心配になる。
無理してここに来るよりもしっかり休んでほしい。
今日だって面会時間ギリギリに飛び込んでくるくらいならそのまま帰ってしまって良かったんだ。
ふらふらとした足取りで病室を出ていくアラゴを見送り、明日こそきちんと話をしようと決めて眠りについた。



息苦しさに目を覚ますと口の中を動き回っていた何かがずるりと引き抜かれる。
ゆっくりと離れていった顏が見せつけるように自分の唇を舐め、さっきまでオレを苦しめていたものが相手の舌だと理解した。
腹の上に誰かが乗っている。
消灯時間をとっくに過ぎた暗い部屋の中、窓の外から届く薄明かりの中に浮かぶ姿。

「ようやく起きたか」
「アラゴ…?何を…?」
「『何を』?私は慎重なタイプでね。ハント君の体は媒体として申し分ないが、やはり予備のパーツが無いと不安なのだよ」

男がにやりと笑う。
一瞬で違うと分かった。
これはアラゴじゃない。

「貴様」
「思い出してくれたかね?」
「パッチマン……!」
「久しぶりだね、ユアン」

心を蝕む黒い声が頭の中に蘇る。
どうしてパッチマンにアラゴの体が奪われているのか。
混乱する頭で考え、不意に思い至る。
オレのせいに決まってるじゃないか。
アラゴがオレを助けてくれた時、パッチマンまで解放されてしまったんだ。
とにかく誰かを呼ばなければとナースコールに手を伸ばすが、ボタンを押す直前で止められた。

「それに、せっかく感覚が真っ当に働いている身体を手に入れたのだから、少しくらい楽しむのも悪くないと思ってね」

気持ち悪い笑い。
醜悪極まりない。
よくもアラゴの体でそんなことを。
怒りに狂いそうになっていると、急に腕を押さえつける力が緩んだ。

「ユ、アン、オレから、離れろ」

苦しそうに歪んだ顏で告げられたのは、間違いなくアラゴ自身の言葉。
まだ完全に意識を奪われたわけではないのかと希望が生まれる。
だが、それもすぐにまた下卑た表情に変わった。

「面白い。ここ数日で彼もかなり素直に私に身を委ねてくれるようになっていたのだが。やはり兄弟愛かね?」

頬から首筋、胸、腹へと滑るように手が降りて行く。
おぞましさに鳥肌が立った。

「っ…!」
「抵抗しないのか?それとも実は弟とこんな関係になることを望んでいたのかね?」
「違う!」
「意地張らずにお前も楽しめよ、ユアン」

アラゴを真似た言い方は吐き気がする程の嫌悪感を呼び起こす。
けれどそんなことより伝えなければならないことがある。

「アラゴ、聞こえてるだろ?オレは大丈夫だ。何をされても大丈夫だから」

自分を奪われていく恐怖に一人で耐えていたんだな。
どれだけ辛かっただろう。
気付いてやれなくてすまない。
何の力もないオレが一つだけできること。

「お前が勝つまで待ってる。だから絶対帰ってこい」

今なお戦っているはずの半身に届くよう願いを込めて、オレはアラゴの体を抱きしめた。