メイド服のセス
軽食堂に入った途端、あまりのざわめきに眉を顰めてしまった。
もともと休憩用のスペースだから多少うるさいのは当たり前だが、今日はいつも以上に騒がしい。
奥の方に出来ている人だかり。
中にいる人物が簡単に予想できてイライラする。
あえて無視して足を進めると、隙間から見えたのはやっぱりセスだった。
オレに気付くとわざわざ人だかりの中心から抜け出し、カウンターに入ってくる。
「げ、何だよそのカッコ」
視界を遮るものがなくなったことで、セスが囲まれていた原因を理解した。
いつもと服が違う。
全体的にひらひらしていて、エプロンも色こそ黒だがやっぱりひらひらしている。
頭にもレースの飾り。ヘッドドレスって言うんだっけ?
一番おかしいのは下半身。どう見てもスカートだ。
「失礼ですね。店長の思いつきです。結構似合ってる思いませんか?このメイド服」
「断れよ!」
「どうしてですか?」
「だってお前、男だろ」
「イベントの仮装くらいでいちいち怒ってもしょうがないでしょう」
「でも」
「いいじゃないですか。婦警さんたちも喜んでくれてますし。刑事さんって結構頭硬いですね」
意外そうな表情で返されると、なんだかバカにされたような気がしてイライラが増す。
ダメだ、これ以上続けたらケンカになっちまう。
あいつが恥ずかしい思いをするだけだと自分を納得させ、無理やり本来の目的を思い出した。
「……注文。コーヒー」
「かしこまりました」
オレはコーヒーを飲みに来ただけ。
本人が気にしてないんだからオレには関係ない。
……それにしても他にも何かおかしい気がする。
待っている間に考えていると、カップを受け取った時に違和感の正体が分かった。
「……お前、いつもより顔が近くねぇか?」
「ああ、靴のせいです」
足元に視線を下げたセスにつられて、カウンターの向こうを覗き込む。
セスが履いていたのは有り得ないくらいにヒールが高い女モノの靴だった。
どうやったらこれで歩けるんだ。
「そんなもん履いてるのか!?」
「気をつけて歩けばそこまでツラくはありませんよ。はい、おつりです」
後ろに人が並びだしたせいで、そこで話を打ち切られる。
適当な席に座ってぼんやりしていると、すぐに人の列は途切れた。
セスはまたフロアに出てきて、空いてるテーブルを拭いたりしている。
ふらふらと危なっかしい足取り。
せめてカウンターの中で大人しくしてりゃいいのに。
「――熱っ!」
ひらひら揺れるスカートの裾に気をとられたせいで、コーヒーを口に入れるタイミングを間違えた。
ブリューナクの力で火傷が一瞬で治るのを感じる。
オレの声に気付いたのかセスがこちらに近づいてきた。
よくもあんな小さな呟きが聞こえたもんだ。
「どうしたんですか?」
「どうもしねぇよ」
「まだ機嫌悪いんですか?一日だけですから、こういうのが苦手でしたら今日は軽食堂に近づかないことをお勧めしますよ」
「……そうする」
少し熱いコーヒーを一気に飲み干し、椅子から立ちあがった。
イベントが気に入らないっていうのはセスの勘違いだけど、ここにいたらあいつが気になって他の事が何も頭に入らない。
グレイ・ミュージアムに篭ってる方がまだ休憩になる。
2、3歩足を進めたところで後ろから声を掛けられた。
「あ、刑事さん!忘れ物」
――バカ。
走ってオレを追いかけようとしているセスに思わず舌打ちしたくなった。
止める間もなく、セスがバランスを崩す。
あんな靴を履いてたら当然だ。
考える前に体が動き、ギリギリでセスの身体を受け止めることが出来た。
「……あ、りがとう、ございます」
オレの腕の中でパチパチと瞬きをしながらセスが礼を言う。
何が起きたのかわかってない様子だ。
「ちゃんと、気をつけろ」
「わかってます」
ゆっくり立たせて注意すると、ようやく頭が働きだしたのか不機嫌そうに返された。
何だよその態度。
自分が悪いんだろ。
そうだ。どうせだから、ついでにもう一つ。
他の奴らには聞こえないように耳元まで顔を近づけた。
「あとスカート短すぎ。転んだら中見えるから、もうちょい長くしろ」
セスが慌ててスカートの裾を押さえる。
遅ぇんだよ。
「……店長に相談します」
「絶対だぞ」
「なるべく」
「絶っ対!」
「……わかりました」
渋々とはいえ素直に頷かれて少しだけ気分が晴れた。
セスが呆れたように溜め息をつく。
「本当に変なところで融通が利かないんですから」
「男の太ももなんて見ても嬉しくねぇんだよ」
「ふーん……見たんですか」
「見えたんだ!」
ニコニコしながらオレを見上げてくるセス。
しまった。さっきの返事は失敗だった。
明らかに面白がられている。
「ドキドキしちゃいました?」
「んなワケねぇだろ!」
「ねぇ、刑事さんが怒ってる理由って、もしかして」
「なんだよ」
「ふふっ。いいえ。じゃあ僕、店長のところに行ってきますね」
ふざけた口調でご主人様の命令通りにと笑いながらセスが去っていく。
その後姿を見送りながら、『怒ってる本当の理由』を認めたくなくてオレはそっと耳を押さえた。
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