バースデープレゼント



「オズ、今日の夜なんだけど」

見回りのルートを確認するためにオズの隣に行くと、言い終わる前に分かってると遮られた。
オズが音を立てて椅子を揺らしながらオレをニヤニヤと見上げてくる。
子どもかっての。

「残業は無し、だろ?どこに行くかは知らねぇけど楽しんでこいよ」
「は…?」
「サプライズやるんだろ」
「サプライズ? 何の?」
「まさか…マジで?」
「だから何のことだよ」
「今日、悪魔くんの誕生日だよな……?」
「はぁ!?」

恐る恐る言われて、話がかみ合わないイライラが吹き飛んだ。
オズが呆れたように頭に手を当てる。

「上手い事隠してると思ってたら…。本気で何もしてなかったのか」

気が付いたら軽食堂に向って走り出していた。
着いた途端に婦警の連中に囲まれたセスの姿が目に飛び込んでくる。
小さな紙袋やラッピングされた箱を受け取っている光景を見れば確かめるまでもない。
中心にいたセスがこちらに気付いて人の山を抜け出してきた。
手間が省けたことに感謝しながらセスの手を掴んで軽食堂から連れ出す。
ゴミ捨て場の裏まで来て、人の気配がないことを確認し足を止めた。

「いきなりどうしたんですか刑事さん」
「セス、今日誕生日なのか?」
「ええ、そうですけど」
「何でオレに言わないんだよ!」
「……言う必要がありましたか?」
「誕生日なんだろ!?」
「ええ」
「だったら」
「だったら?」
「オレだってそれなりに色々とお前、ちゃんと…」

言いたいことが上手く言葉にならなくて、どんどん口の中で消えていく。
なんて言えばいいんだろう。
悩んでいると、セスにはそれでも伝わったようだった。
不思議そうにオレを見上げていたセスの表情が笑顔に変わる。

「…ああ、気にしてくれたんですか。ありがとうございます。ですが、お構いなく」
「でもオレたちがこういう関係になって、初めての誕生日だろ…?」

何か特別なことがしたかったんだ。

「初めてでも、最後ではないでしょう。」
「そりゃそうだけど。今からでも何か欲しいもんねぇのか?」

セスは少し考えて静かに首を振った。いつも持っている本を胸の前に上げてオレに見せる。

「僕、モノにはあまり執着がないんですよね。今すぐ引っ越せと言われても、持っていくものはコレくらいですし」
「じゃあ食べたいものとか行きたいトコとかは?」
「そうですね…だったら時間が欲しいです。」
「時間?」
「あなたの時間が欲しいです。一緒にいてください。それが僕にとってのプレゼントです」
「……他にないのか?」

オレの返事を聞いた途端、セスの表情がこわばった。
やべぇ、間違いなく何か誤解された。

「――つまり、僕に割く時間なんて無いということですか?」
「違ぇよ!オレの時間なんてお前が欲しがるもんじゃないんだ」

硬い声で言われた内容を全力で否定する。
悲しい顔なんてさせたくないのに。こういうことが本当に下手で悔しくなる。

「オレが一緒にいたくて一緒にいるんだから、プレゼントにはならねぇ」
「……そういうことですか。自己評価の低さはどうにかならないんですかね」

セスの体から緊張が解けてほっとする。
よかった。
自己評価の低さって、そんなことねぇだろ。

「だいたい自分こそどうなんですか」
「オレ?」
「そんなこと言うなら次の誕生日に僕から欲しいものを挙げてみてください」
「オレは……」

チョコバー…は別に誕生日プレゼントじゃなくてもいいな。
自分で買えばいい。
特別な日にセスから欲しいもの。
セスがオレの顔をじっと見つめる。
可愛いな。
あ、欲しいものあった。

「……セスからのキス」

ほとんど無意識に口に出していた。
急いで取り消そうとするがそんなこと出来るわけもない。
セスの顔が一気に近づいてくる。
唇に残る感触。

「――っ!」
「そんな可愛いこと考えてたんですか。キスくらい刑事さんが望むならいつでも。」
「…………サンキュ」
「でもこれは僕がしたくてする事なのでプレゼントとしてはアウトです」
「……そうか」
「他には?」

手で口元を隠しながら、頭を必死に動かす。
だけど考えれば考えるほど、セスがいればそれでいいという気になってくる。

「……無い。お前がいるだけでいい」

どれだけ待ってもらっても結論は変わらなかった。
ダメだと言ったクセにと怒られるかと思ったら、セスはふわりと嬉しそうに笑った。

「やった。刑事さんが同じ事を言ってくれるなんて」

思わず抱きしめてしまい、セスの苦しそうな声に慌てて体を離す。
肩を掴んだまま、目を合わせるために少し屈んだ。

「とりあえず、今日は絶対時間通りに仕事終わらせるからお前もそうしろ」
「はい」
「行きたいトコあったら考えとけ」
「はい」
「食べたいものも」
「はい」
「明日まで帰さねぇからな」
「はい」
「一緒にいるって約束する」
「……ありがとうございます」

照れたせいで乱暴な言い方になっちまったのに、セスはそんなこと気にも留めずに喜んでくれた。
一歩近づいてきたセスがオレの背中に手を回す。

「ワガママ言わせてもらいますね。もう一回抱きしめてください」
「ガッチャ」

今度はセスが痛くないように加減して力を込める。
すっぽりと腕に納まるこの感じが好きだ。
幸せな温もりを感じながら、まずはセスが抜け出していられるギリギリまで二人で一緒の時間を過ごすことにした。