オズアラ



彼の片割れの死を知った時、もう一度道が交わる予感が生まれた。

オレたちが去った後、あいつは一人でパッチマンを追いかけていたらしい。
バカだな。そんな簡単にパッチマンが足取りを掴ませるはずないのに。
どうせならオレたちを探せばよかったんだ。あの日、ユアンと再会する前でも後でも、いつでもオレたちを頼ってくれればいくらでも力になれたのに。
そしたらオレたちはもっと早くお前を守れた。心も体も、もっと守れたはずだった。
一人で旅立つのを止められていたら。旅立った後にオレたちのところに来ていたら。警官ではなく聖守護隊になっていたら。
オレたちだってそうそう一般人に探し当てられるような存在ではない。だからそんな仮定は意味のないことだと知りながら、選べなかったたくさんの「もし」を考えてしまう。

現実はこんなにも上手くいかない。

次々と絶え間なく上がってくる報告書から、意図的に自分を痛めつけているじゃないかと思うほど休む間もなく魔物を退治していることを知った。
ブリューナクの能力をあいつに伝えた悪魔憑きの少年との出会いを知った。
あいつ自身とパッチマンの道筋を繋げてしまった四騎士の登場を知った。
それでも女王陛下の許可は下りず、ただ紙の上で知る情報だけが増えていく。
黒騎士を名乗る男との戦いにも手を出せず、戴冠石が奪われるのを見送り、魔剣を狙うという予告状にすら黙したままもどかしい時間が過ぎ、無力感ばかりが募る。
これ以上は耐えられないと女王陛下に拝顔を願い出ようとしたその日に、ようやく許しを頂いた。

ハント家の双子の片割れ。

忘れもしないあの時の約束。
ようやく、また会えた。
残念なことに、また会ってしまった。
懐かしさと緊張に胸が痛む。
手が震えないように細心の注意を払いながらガスマスクを外すと、何者だと怒鳴るように問われ、喉まででかかっていた『久しぶりだな』という言葉を呑みこんだ。

――ああ、そうか。覚えていないのか。

そりゃそうだ。何年経ってると思ってるんだ。たった数週間の出会いを覚えている方がおかしい。
オレは何を勝手に期待していたんだろう。
肩透かしだと感じる自分に驚いていると、遠くから轟音が響くのが聞こえてきて気を引き締め直した。
とにかく、まずはこいつから赤騎士を遠ざけるのが最優先だ。
一緒に戦うなんて言い出す前に退かせるために、わざと軽い態度であとは任せろと言うと、返されたのはオレを心配する言葉。
バカじゃねぇの。さっきまで味方かどうかすらわからなかった相手だぞ。
オレのことなんて何一つ覚えていなさそうな反応だったくせに、そんなボロボロな身体で何を言ってやがる。
覚えていなくてコレなら根っからのお人好しってことじゃねぇか。頭を抱えたくなる。
ギリギリで仕掛けた罠を連発したことで辛くも赤騎士を退け、戦いはひとまず終わった。
去り際の彼女の言葉で、こいつよりも自分に興味が向いたことを確認できたのは僥倖だった。
無いことを祈るが、万が一再戦することがあったときはこれでこいつの安全が少し上がったはずだ。
半壊した屋敷を離れて落ちついて話せるところに場所を移す。

警戒を解かないまま向けられる瞳。
相変わらず嘘のつけない顏で睨まれ、笑い出したい気分になる。

こいつは相手を信じたいのに、疑わないといけない。
こいつは相手に信じてほしいのに、疑われることを前提にしている。

なんだ、変わってねぇじゃないか。
子どもの頃から全然変わってない。
変われなかったのなら、しんどかっただろうな。

あの日、強く願った想いが呼び起こされ胸を満たす。
お前にこの道だけは選んでほしくなかったよ。
オレがどんな気持ちで正体を隠し通したと思ってるんだ。
全部忘れて幸せになって欲しかったけど、こいつは戦う道を選んでしまっていた。

オレたちのこと、忘れられているなら構わないんだ。
本来は記憶にも記録にも残ってはいけないオレたちだから。
忘れられているなら、わざわざ言う必要もない。
これから激しさを増す戦いの中でオレは命を落とすかもしれない。
みすみす死ぬ気はないけれど、もしもそんなことになったら、あの時のことを覚えていない方がこいつの傷が浅くて済むだろう。
だから、まだ気づくな。
無事に戦いが終わったら、オレはこいつの前から姿を消す。
今度こそ、次に会うことはないだろう。
聖守護隊としては当然のことだが、あの時の別れの話でも持ち出されたらオレが余計につらくなる。
だから、できればずっと気づかないでくれ。

けれど、同時に心の中で誓う。
いつかこいつが思い出すことがあった時。
オレが二人との出会いを誇れるように。
こいつがあの日々を懐かしめるように。
ハント家の双子が再会を喜べるように。

手伝いじゃなく、女王陛下がオレに与えてくださった任。
全身全霊をかけて、全うしてみせる。
だから今度は聖守護隊としてもう一度お前に名乗ろう。
オレは――


「オズウェル・ミラー。オズって呼んでくれ」






あるかもしれないいつかの会話。

「どうした?考え込んで」
「ちょっと子供の頃を思い出してた」
「あ?」
「パッチマンが犯人だって言っても誰も信じてくれなかったんだけど、ひとりだけ信じてくれた奴がいたんだ。 今思うとあの時はあいつとあいつの父さんにだいぶ助けられてたな、って。お前、なんだかそいつに似てるよ」
「……そいつは、どうも」