幸せオズユア/学パロ



「あ、コレ」

アラゴが弁当箱の右端を指す。

「肉巻いてあるヤツ、たぶんオズの好きな味」
「マジか。ユアンくれ」
「勝手に取るな」

抗議したときにはすでに遅く、今日の自信作はオズの腹に納まっていた。

「うまい」
「そりゃどうも」








いつもの昼休み。
いつものようにアラゴとオズを迎えにいったら、なにやらちょっとした騒ぎになっていた。
アラゴがオレを見つけた途端に駆け寄ってくる。

「ユアン!美術の教科書持ってねぇか!?」
「今日は美術は無いからな。持ってない」
「だよな…」

がっくりと落ちた肩が『忘れた』と如実に物語っている。
おかしいな、今日はアラゴのクラスも美術はないはずだが。
あぁ、そういえば今日に変更になった選択授業。
アラゴは美術を取ってたんだったな。
大体の事情を理解したところで、アラゴとは逆にゆっくりと歩きながらやってきたオズがオレの横に立つ。

「なんだ美術か。早く言えよ。だったらオレの貸してやるって」
「マジか!持ってるなら早く言えよ!」
「お前が無い無いばっかり言っててオレの話聞かなかったんだろ」
「スマン!頼む!貸してくれ!」
「はいはい。じゃ生徒会室行くか」

無事に解決しそうで何よりだと思った瞬間に、聞き捨てならない場所の名前があがった。
思わずオズの肩を掴んでこちらを向かせる。

「なんでそうなるんだ」
「生徒会室に置いてあるから」
「あそこに私物は置くなって何度言ったらいいんだ」
「固い事言うなって。今回は役に立っただろ?」
「…近いうちに全部持って帰れよ」
「おう!」

信憑性の全くない声で返され、来週くらいに一度抜き打ちで生徒会室の大掃除をしようと心に決めた。
アラゴの教室から生徒会室という歩き慣れてしまった廊下を進む。
目的の教科書を回収すると、遠回りしたせいで昼休みも残り時間が少なくなったので今日の弁当はそのまま生徒会室で食べようという話になった。
机の上のセロテープやペン立てを全部端に寄せて即席のスペースを作る。
三人で今日の授業の話や今度の遊びの予定を話していると、アラゴが脈絡なく声をあげ、結果オレのおかずが一つ奪われた。

「オズは人が食べてるものを横から欲しがるクセがあるよな」
「ねぇよ」

間髪いれずに否定されたが納得できるはずもない。
昼飯時なんて言われないことの方が珍しいくらいなのに。

「オレが何か食べてるといつも一口欲しいって言いだすじゃないか」
「……お前、それホントに何とも思ってないの?」
「ん?いや、オレは味見くらい全然かまわないんだが、なかには嫌がる人もいるから気をつけろよと思って」

断わらないオレも悪いのかもしれないが、助長させてる立場の人間としてせめてもの忠告だ。
オズが何か言い返そうと口を開いたタイミングでノックの音がした。
ドアから顔を覗かせたのは黒髪の少年。
そのまま中を見回しアラゴを視界に捉えると、部屋に入ってきた。

「先輩、屋上にいないから探しましたよ。今日の昼休みに日曜の予定決めるって約束したの、まさか忘れてたりしませんよね?」
「あ!悪い!」

表情は笑顔だが、軽く怒りの滲んだ声。
一気に姿勢を正すアラゴを見て、宿題しろとか部屋の片付けしろとか偏食するなとかそういう注意を全部この子にやってもらえないかなと思う。

「そんなことだろうと思ってました」
「ホント悪い!ゴメン!」
「いいんです。僕が勝手に楽しみにしてただけですから」
「そんなことないって!オレが悪かった!」
「ホントにそう思ってるんですか…?だったらお詫びにそれ一口ください」
「コレか?そんなんでいいなら――」

ホラとアラゴがフォークに刺した卵焼きを少年の顔の前に突きだす。
行儀が悪いぞアラゴ。
少年は一瞬驚いた表情を見せたが、そのまま頬張りもぐもぐと食べた。

「ありがとうございます。ねぇ先輩、これって間接キスですね」
「はぁ!?」
「ごちそうさまでした」
「おい!」

上機嫌に去っていく少年と、ガタガタとイスを鳴らして立ちあがり慌てて少年を追いかけるアラゴ。
まるで嵐が訪れたような騒がしさだった。
そして反動で生まれた静けさにあっけにとられていると、オズが呆れたように呟いた。

「…間接キスだとさ」
「可愛いこと言うじゃないか」
「まぁ、悪魔くんにしちゃ可愛いよな」

二人で軽く笑い合うとようやく空気が元に戻った気がする。
あいつらに引っ掻き回されるのもお馴染みになってきてしまった。
またとりとめもない話を始めながら食事を再開すると、不意にズズッと濁った音が響いた。

「あ、飲みモン終わっちまった。足りねー。ユアン、それ一口くれ」

ソレ、と指で示された飲みかけのペットボトル。
空になった紙パックを潰してゴミ箱に投げ捨てたオズの口から出てきたのは、奇しくもさっきの少年と同じセリフだった。

「いいけど、もうぬるいぞ」
「いいのいいの。サンキュー」

構わないならと蓋を開けて手渡した。
嬉々としてオズが喉を潤し始める。
良い飲みっぷりだなと眺めていると、いやにオズの唇が目についた。
しまった、気になる。

「何?人の顏ずっと見て」
「いや」
「……意識し過ぎ」

どうやらあからさまに視線を止めてしまっていたらしい。
苦笑いされて、妙に気が抜けた。
思いのほか少年の言葉に影響されているようだ。

「ま、オレたちの間で今更だよな」
「そうそう」

右手を出されたので持ったままだったキャップを渡す。
オズは頷きながら受け取り蓋を閉め、おもむろに立ち上がった。
どうしたのだろうと見上げると頭に手を置かれ、ゆっくりとオズの上半身が下りてきた。
視界いっぱいに広がるオズの顏。
唇に柔らかい感触。

「オレたちの間で間接キスなんて今更、だよな?」

悪戯が成功したような笑いを浮かべて、オズがオレから身体を離す。

「じゃあオレ、こいつ届けてくるわ。まったく。午後イチの授業でいるんじゃなかったのかってなぁ?」

カラフルな薄い教科書をくるくると丸めながらオズは部屋を出て行った。
一人残された生徒会室。
気恥しさに耐えきれなくなり、口もとを手で覆う。
届かないと分かっていながらも文句を言わずにはいられない。

「学校ではするなって言ってるだろうバカ」