白ユア
目が覚めると見知らぬベットにいた。
「ここは…」
混乱する頭で状況を必死に思い出す。
脳裏に浮かびあがってくるのは燃え盛る炎と崩れ落ちる瓦礫。
それから場違いなほどに明るく綺麗な光。
柔らかい髪の感触と俺の名前を叫ぶ声が最後の記憶だった。
「――アラゴ!うぅっ…!」
飛び起きようとして全身に痛みが走り思わず呻く。
欠落した右腕にあの出来事が夢じゃなかったと思い知った。
だったらアラゴも死にかけたってことだ。
体が動かない。
アラゴはどこだ?
「気が付いたか」
声をかけられて初めて男の存在に気付く。
白い髪に褐色の肌。
真面目そうな印象だった。
相手が誰かなんて考える余地もなく、ただアラゴがどうなっているかを知りたくて男の腕に縋りついた。
「アラゴは、オレと同じ顔をした男は無事ですか!?」
「オレが任せられたのはお前のことだけだ。だがお前の双子の弟は存命だと聞いている」
「――よかった……!」
声を荒げるオレに表情ひとつ変えることなく男は答えた。
教えてもらった内容に安堵が胸を満たす。
生きているならそれだけで十分だ。
一番の心配事が消えると急に冷静になり、さっきまでの自分が恥ずかしくなる。
初対面の相手に名乗りもせず、オレは何をしてるんだ。
「取り乱して申し訳ありませんでした。オレはユアン・ハントと言います。あなたがオレを助けてくれたんですか?」
「ヒュー・ヴァイスマン。助けてなどいない。ただオレは主人からお前の世話を命じられている」
淡々と答える様子に好感が持てた。
「そう、ですか…。ありがとうございました。とにかく本部に連絡しないと。電話をお借りできますか?」
「ここに電話はない」
今時珍しいな。
普段はどうしているんだろうと不思議に思いながら他の連絡手段を尋ねようとしたとき、ノックも無しに扉が開いた。
「ヒュー。ユアンの調子はどうかね?」
「問題ありません」
礼を失した行為に怒ることもなくヒューが振り向く。
視線の先に立っていたのはオレたちの人生を狂わせた張本人。
「パッチマン!?」
「やぁユアン、元気そうでなによりだ」
「ヒュー!どいうことだ!」
「おや、知らなかったのかい?どうりで大人しくしていると思ったよ」
気味の悪い笑みを浮かべながらパッチマンが部屋の中へと足を進める。
すぐにでも飛び掛かりたいのになぜか体が動かない。
「そろそろ君の身体について説明してあげようと思ってね」
「オレの身体について…?」
「君は一度死んだ。今は私の力で君の肉体と魂を繋いでいる」
「何を言って…」
「意思伝達の触媒と思えばいい。私がエネルギーを入れると君の身体は君の意志で動く」
パッチマンがオレの胸元を指差した。
「だがもちろんエネルギーは使えば無くなる。先程からずいぶん騒いでいたようだが、そろそろ起きているのが辛くなってきたのではないかね?」
言い終わるのが合図だったかのように、オレの意識は暗転した。
それからは何度も繰り返される覚醒と混濁の往復。
ギリギリまで自我が希薄になった時、心を占めるのは次にまた目を覚ますことができるのかという恐怖と、このまま目が覚めなければいいのにという暗い期待だった。
「ヒュー、オレを逃がす気は無いか?」
「無い」
何度目かもわからない心臓を掴まれるような衝撃とともに目を覚ます。
最初に視界に入るのはいつもヒューの白い髪だった。
彼のオレに対する態度は最初から変わらない。
向こうにとっては返事をするのもバカバカしい質問だろうにいちいち真面目に答えてくる。
この男が何かを害す直接的な場面を見ていないからだろうか、パッチマンの手下だというのになぜか憎み切れなかった。
「じゃあ殺してくれ」
「断わる」
オレの役割は、つまり人質。
足手まといになるくらいなら死んだ方がましだというのに。
何度も命を絶とうとしたが、どんな細工をされたのか自傷行為だけは絶対にできなかった。
そしてヒューと二人きりの奇妙な生活にも慣れ出したころ、再びパッチマンが訪れ変化のない日々が終わりを告げた。
「ユアンにお出かけの準備をさせてくれるかい?」
「どこに行く気だ」
「喜ぶといい。君の最愛の弟、ハント君のもとへだよ」
「アラゴの!?」
「ただ、再会の興奮で騒がれても困るからね。ユアンには少し大人しくしていてもらおう」
パッチマンがオレに触れた途端、全身から力が抜けはじめた。
急激に意識がかすんで立っていられなくなる。
倒れかけたところをヒューに支えられた。
パッチマンが唄うように口を開く。
「さぁ行こうか」
いやだ。
こんなのはいやだ。
アラゴを危険にさらすのはいやだ。
オレのせいでアラゴが傷つくのはもういやだ。
言うことを聞かない体では涙すらもう流せない。
いやだ。
助けて
「ヒュー」
伸ばした手はどこにも掛からず、ただ落ちた。
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