カーガブ+バネズ



ドタドタとうるさい足音が来客を知らせる。
部屋の前で音が止まると一瞬の躊躇いもなくドアが開けられた。
案の定ノックはない。
首だけを後ろに向けて確認すると、立っていたのは予想通り見知った傷だらけの顏だった。

「行儀が悪いんじゃないのかガブナー?」
「俺とお前の仲だろ?」
「あぁ…なるほど、ノックしたら入室拒否されるってわかってるのか」
「ひで」

ガブナーが苦笑しながら俺のいる方へ足を進める。
勝手知ったるとでも言うような、遠慮の欠片もない動きだ。

「で、何だ?」
「特に用事はないんだが、お前がいるって聞いて顔を見に」
「ただの暇人か」
「そうなんだよ。だから地図なんて描いてないで俺と呑もうぜ」

率直な要求に思わず笑いが零れる。
もう少し適当なやりとりをするものだと思っていたら予想外に退屈を持て余していたらしい。
言われるまでもない。
ガブナーが現れた時点で机の上の片付けは始めていた。

「今日はやけに物わかりがいいじゃないか」
「確かに地図作りは趣味だが、仲間の武勇伝を聴くのに優先させるものでもない」
「この間、邪魔だから帰れって追い返された記憶があるんだが」
「気のせいだろう」
「言うじゃねぇか!」

ちょうどインクの蓋を閉めようとしていたところだった。
背中を叩かれた衝撃でビンが手から落ちる。
黒い染みが瞬く間に広がり羊皮紙を汚した。
流れは机を伝わって俺の服まで垂れる。

「ガブナー?」
「…わり」

言葉が見つからず、いろいろな思いを纏めて名前を呼ぶ。
言いたいことは伝わったらしく、ばつが悪そうに謝られた。
悪気が無いのはわかってるんだけどな。
はぁ、仕方ない。
溜息ひとつで頭を切り替えた。

「気にしなくていい。清書前の元の記録は無事だからすぐに作り直せる」
「そういってもらえると助かるぜ」

ガブナーがほっとしたように息を吐く。
終わったことに固執してても意味がない。

「とりあえずパータ・ビン・グラルの間に行ってくる」

濡れた布で拭いてもいいが、あそこで全身を洗ってしまった方が早いだろう。
叩きつけるように勢いよく落ちてくる水の壁を思い浮かべてうんざりした。
冷たいだろうなぁ。というかむしろあそこは痛いの域だからなぁ。

「ああ、それがいいだろうな」

軽い調子でガブナーが同意する。
自分が原因のクセに他人事のような言い方をされたのがちょっとだけ癪に障った。
インクが乾いていないのを確かめて手を伸ばす。
そのままガブナーの頬に一擦り。

「さ、行こうか」
「カーダ!お前!」
「このくらい文句は言えないよな?」
「しっかり根に持ってるんじゃねぇか!」
「当然だ」

軽口を交わしながら歩いているうちに目的の場所に辿り着いた。
相変わらず人気のない場所だ。
ガブナーは服を脱ぎながら早々に奥に進んでいく。

「やった!貸切じゃねぇか!」
「そうじゃないほうが珍しいだろ」
「そうだな。先客がいるのは珍しい」
「バネズ!」

後ろから聞き覚えのある声が割り込んできて驚きに振り向く。
広間の入り口には体の至るところを赤色に染めたバネズが立っていた。
俺の歓声を聞きつけたガブナーが戻ってくる。

「よぉ、どうしたんだ?……って訊くまでもないか。結構な返り血だな。誰を苛めてきたんだ?」
「苛めてなんかいないさ。ただカーダの弟子と遊んだだけだ」
「サイラッシュ?来てるのか」
「お前を探してふらふらしてたから、ちょっと鍛えておいたぞ」

上機嫌なバネズに、闘技場でボロボロにされるサイラッシュが目に浮かぶ。
気の毒に。後で労っておこう。

「お前らも後で遊びにくるか?」
「いいな!」

バネズに二つ返事で承諾しかけたガブナーを後ろから叩いて止める。
ガブナーは子どものように不貞腐れて俺を睨んだ。

「何だよ」
「バネズ、すまないがガブナーはこの後用事があるんだ。具体的に言うと真っ黒にした地図を描き直すという大事な仕事がな」
「げっ、俺がやるのか!?」
「だから気にしなくていいって言ったんじゃないか」
「そういうことかよ…!」

細かい作業は苦手なんだとガブナーが頭を抱えてしゃがみこむ。
バネズが面白そうに声をあげて笑った。

「お前ら二人とも相変わらずだな」
「ええ、俺にとってガブナーは何物にも代えがたい大切な友人ですから」

俺の言葉にバネズの頬が緩められる。
冗談のように言ったのに、これは結構な本音だとバレてるかな。
ガブナーが勢いよく顔をあげる。

「だったら描きなおし――」
「もちろん苦手克服の練習も喜んで付き合ってやるよ」

終わって気が向いたら来るといいと残して歩き出したバネズの背中を見送る。
いい加減俺たちも動かないと時間が勿体ないな。
ガブナーを立たせようと手を差し出すと、待ってましたとばかりに掴まれた。
必要以上の力で引かれて転びかけ、ガブナーがにやっと口の端を上げる。

「じゃあ行くか」