セスが可愛くて仕方ない感じの刑事さん、なアラセス



帰ってきたらベッドに先客がいた。
見覚えのある学生鞄が床に転がっている。
横向きに丸まるような体勢。
あんな格好で寝苦しくないんだろうか。

「おいセス」

確かに予備の鍵は渡してある。
というか無理やり奪われた。
だからオレが知らない間にコイツが侵入してくる可能性はゼロではない。
それでもこの状況はおかしいだろ。
声をかけるとセスは煩そうに自分の腕に顏を埋めた。
まるで猫みたいな仕草に毒気を抜かれる。

「セス?寝てるのか?」
「…ん…ねて……」

返事はそこで途切れた。
こら。最後が『る』なのか『ない』のかハッキリしろ。
とりあえず害はなさそうなのでゆっくり近づいてみるが、真横まで来てもセスが起きる気配はない。
滅多にないチャンスだと思い無防備な黒髪に触れてみる。
うわ、すげぇサラサラ。
何度か梳いてみるとセスの顏が見る見る緩んでいった。
あまりに気持ちよさそうで、なんだかこっちの方が照れくさくなる。
不意にセスが口を開いた。

「……けいじ…さ…ん…」
「お、起きたか?」
「…いっしょに…ね…てくれ…たらい…いのに…」

寝ぼけた口調で言われ一気に顔が熱くなる。
なんなんだコイツ。
セスはそれっきりまた何も言わなくなった。
規則正しい呼吸。
やっぱり本当に寝ているのか?
黙って様子を伺っていると、静かに上下する肩が寂しそうに見えてしまい降参を決めた。
聞いてないとは思いつつ、ちょっと寒いぞと声をかけて隣に入る。
せめてもの抵抗として背中を向けて横になった。
触れたところから体温が伝わってくる。
息だけで笑う音が耳に届いた。

「…けいじ…さん…が…」

なんだよ。
まだ何かあるのか。

「だき…し…めてく…れたら…いい…のに…」

思わず手のひらを額に当てる。
マジかよ。
人の気も知らないで軽く言いやがって。
……あぁもういいや。了解。
そんな風に言われたら断われるわけがない。
後から騙されましたねってバカにされてもいい。
体を反転させ、セスに手を伸ばす。
セスがオレの方に向きを変え、すり寄ってきた。
これ以上ないってくらいに機嫌が良さそうだ。
頭を撫でてやると、ゆっくりとセスの瞼が上げられた。

「おはよ」

皮肉のつもりだった言葉にセスがふわりと頷く。

「……刑事さん、僕さっきまで刑事さんの夢を見てたんです」

うっわ、嬉しそうに言うなぁ。
反則じゃないのか。
やばい、ドキドキする。

「声が出なくて。あんまり気持ちがいいから刑事さんも一緒に寝ましょうって言いたいのに声が出なくて。でも刑事さんは隣に来てくれたんですよ」

セスはふふっと自慢げに口の端を上げた。
幸せでたまらないと言葉にしなくても全身から溢れ出している。
それがオレ一人にだけ向けられている。
ダメだ。これは敵わない。

「それで抱きしめて欲しいなって思って。これもやっぱり声にならなくて。でも刑事さんはちゃんと抱きしめてくれたんです」

目つきが完璧に蕩けてる。
コイツ、寝ぼけるとこんな風になるのか。
良い事を知った。
折角だからもうしばらくこのままで居たい。
だけどいい加減オレが帰ってから結構な時間が経っていることを思い出した。
この雰囲気を壊すのはもったいないんだけどな。
でも急ぎの用事だったりしたらマズイ。
それに正直に言えば我に返った時のセスの反応が見てみたい。
短く悩んでから、セスの頬に手を当てて教えてやった。

「それ半分くらい本当。お前しっかり口に出して言ってたぞ」
「え…?」

オレの言葉にふわふわとしていたセスの空気が凍りつく。
セスは何度か瞬きを繰り返すと、ゆっくりと顔を上げてオレを見た。
ようやく今の状態に気づいたようだ。

「刑事さん!?どうしてここに!?」
「それはオレのセリフだ」
「だってここは」
「オレの家だな」

セスがぐるりと視線を動かし周囲を確認する。
オレの言葉が正しいと理解した途端、耳まで真っ赤に染めていった。
今日はこいつの意外なところばっかり見るな。
悪くない。

「離して!離してください!!有り得ない!!違うんです!!」
「っおい!暴れるなって」

あれだけ盛大にやらかしておいて違うも何もないだろ。
今の反応で全部本音だったていうのがよく分かったし。
慌てふためくセスを力尽くで抑え込む。

「違うんです!これは!!」
「うんうん、わかってるから。わかってる。わかってる」

半泣きになりながら必死に訴えてくるセスを宥める。
ああ、でもどれだけ効果があることか。
自分でも顔が笑ってるのが分かるからな。
ふと思いついて腕に込める力の方向をちょっとだけ変えた。
セスの顏をオレの胸に押し付けることで視界を奪う。
これでオレの表情は見えないだろう。
少しは落ち着いたのかセスは段々抵抗の力を弱めていった。

「……今後のことでお伝えしたいことがあって、刑事さんの家に来て」
「うん」
「刑事さんの帰りを待っていて、その間に仮眠をと思って」
「うん」
「それだけです。他意はありません。僕が言ったことは寝言だと思って全て忘れてください」

ぽつりぽつりと胸元から声が振動になって伝わってくる。
くぐもっていて少し聞き取りにくかったけど事情はだいたい把握できた。

「本当に忘れた方がいいのか?」
「お願いします」
「……まぁ、お前がそう言うなら」

それでもいい。
オレの答えによっぽど安心したのか、セスの体からあからさまに力が抜けていく。

「オレもオレから言いたかったしな」
「刑事さん…?」

不思議そうに顔をあげたセスに顔を寄せる。
触れるだけの軽いキス。
セスが火傷したかのように両手で唇を押さえた。

「好きだ。なぁ、抱きしめて一緒に寝てもいいか?」

耳元で尋ねると腕の中の体が小さく震え出した。
そろそろ限界かな?
オルクの力を使われる前にと拘束を緩める。
セスは一瞬で抜け出し、鞄を拾うと転がるように走り去っていった。

「……ははははっ!」

笑いが止まらない。
あれだけオレを振り回したんだ。
これくらいの反撃はいいよな。
勢いよく開け放たれたドアを眺める。
明日になったら何て返してくるだろう。
楽しみだ。

「忘れるなよ?」