アラゴとグリちゃん、ベガーのセット



「ダンナ?今日は出かけねぇんですか?」

キッチンでコーヒーを淹れているとふらふらとベガーが飛んできた。
時計の針はいつもならとっくに家を出ている時間を指している。
朝の分のチョコバーを腹に入れながら答えた。

「今日は非番」
「それでもいつものダンナなら悪霊退治やなんかに出かけちまうじゃないですか」
「まあな。でも今日は無し」
「へ?そりゃまた何で」
「グリグリがウチに来てから初めての休みだしな。今までの分相手してやらねえとと思って」
「ダンナにそんな気遣いができるなんて…!」

更に聞いてきたベガーに説明してやると大げさに涙を拭くフリをされた。
カチンと来たので正面から鷲掴みにする。
少し強めに力を入れるとすぐに音をあげた。

「いて!いてぇ!すいません!!」
「ん」

素直に謝ったので早めに解放してやる。
ベガーは宙を何回か転がりオレの前で落ち着いた。

「ダンナ、ダンナ、ご心配なく!ダンナが忙しそうな時はあっしがちょくちょくグリちゃんの様子を見に帰ってましたから!」
「お前、最近よく姿を消してると思ったらンなことしてたのか」
「へい!弟分を頬っておくわけにはいきませんから!」

もし首から下の体があれば限界まで胸を張ってるような勢いだ。
調子に乗りやがって。
もう一度くらい痛い目に合わせてやったほうがいいかと考え直していると足元に小さな衝撃を感じた。
下を向くといつの間にやってきたのかオレを見上げているグリグリと目が合う。
……ま、いいか。
後で次からオレに言ってから行くにするよう言っとこう。
しゃがんでグリグリの頭を撫でる。

「それでお前ら、オレがいないときは何やってんだ?」
「ダンナがいないときですか?うーん…かくれんぼやチョコバーを使った宝探しが多いですかねぇ」

なるほど、だからか。
昨日、ホコリだらけになっていたグリグリを見て驚いたことを思い出す。
ベットの下にでも潜り込んでたのか。
……後で掃除しよう。
少しだけ反省した。
レプラのじいさんが来たときはキレイだったんだけどなぁ。
そういやコイツ洗ってやった方がいいのかな。

「なぁ、グリグリって風呂入るのか?」
「そうですねぇ。グリちゃんは水でどうにかなるタイプの妖精じゃないのであとは本人の好み次第っすかね」
「好み?」
「グリちゃん、お風呂好きかい?」
「コル?」

ベガーがグリグリの前まで飛んでいく。
グリグリは尋ねたベガーと同じ方向に首を倒した。
しばらく待ってベガーが角度を反対に変えるとグリグリも同じく首を逆に動かす。
左右に首を傾けるのを繰り返し遊びだした二人をどうなるのか眺めていると、ベガーが脅かすように口を大きく開いた。
グリグリはカケラも怯えずに頭突きを返す。
弾き飛ばされたベガーを片手で捕まえた。

「なにやってんだ」
「あ、ダンナ。すいません、わかりやせんでした」
「見てりゃ分かる」

ベガーから手を離してグリグリを呼ぶ。
物は試し。

「やってみるか」

グリグリとベガーを連れてバスルームに向った。
まずはシャワーから水を出してグリグリの目の前まで持っていってみる。
逃げる様子はない。
温度を調整していると、グリグリがとてとてと興味深そうに近づいてきた。

「こんなもんか」
「いいと思います」
「だよな」

オレの言葉に反応してベガーがシャワーの下を通って行った。
そんなんで分かるのか疑問だが、こいつが言うなら大丈夫だろう。
自分の手に一旦当てて水の勢いを弱めながらグリグリ足にかけてみる。
最初はびっくりしたようで体を引いていたが、すぐに流れる水をパシパシと叩いて遊び始めた。

「お、やるか?」

今度はグリグリの体に直接シャワーを当ててみる。
これが失敗だった。
グリグリは小さく叫んで跳ね上がると、走って隅っこに逃げてしまった。

「わ、わりぃ」
「あーあ。ダンナ何やってるんですか」
「うるせぇっ!ほら、もうやらないから戻ってこいって。ベガーちょっとコレ持ってろ」

ベガーにシャワーヘッドを預けて両手を空ける。
何も持っていないことを見せて、グリグリに手招きすると恐る恐るこちらに戻ってきた。

「悪かったな」

頭を撫でながら謝ると、その手をぽんぽんと叩かれる。
許してくれたらしい。
良かった、続けられそうだ。
石鹸を泡立てて洗ってやるとグリグリは気持ちよさそうに目を細めた。

「カユいところはないですかー?」

ふざけて聞いてみると楽しそうな声が返ってくる。

「よし。ベガー」
「へいっ」
「グリグリ、かけるぞ」

名前を呼ぶとシャワーヘッドが手元まで運ばれてきた。
うんうん分かってるじゃねぇか。
グリグリが勢いよく片手をあげて了解の合図を送ってくる。
今度はさっきみたいにならないように手の先からゆっくり流していった。

「はい終わり」

シャワーを止めるとグリグリが全身を振るわせて水を飛ばしてきた。
ベガーがぎゃあぎゃあ騒ぎながら逃げる。
大げさな奴だな。
呆れながらオレも顏にかかった水滴を拭こうとして気付いた。

「あ、タオル忘れた。持ってくるからここで待ってろよ」

二人に言い聞かせてバスルームを出る。
適当に2、3枚タオルを取って振り返ると踏み出した足に何かが当たった。
慌てて一歩下がる。
見るとびしょびしょに濡れたままのグリグリが床に転がっていた。

「なんだ。着いてきちまったのか」
「あー!グリちゃん!ダメって言ったのに!」

廊下から丸い水溜まりが点々と続いている。
丁度良く追いかけてきたベガーに持っていたタオルを一枚投げた。
我ながら見事に狙い通りに飛んだ。

「ぶっ」
「拭いとけ」
「あっしがですか?」
「他に誰がいるんだ。こいつ濡れたままほっといていいのかよ」
「むむ…それもそうっすね」

ベガーは顔にかかったタオルを取ると自分の周りにクルクルと回しだす。
何か文句がありそうだったが、オレが下を指差すと納得したらしい。
素直にバスルームの方に消えていった。
ベガーを見送ってからグリグリをドライヤーとタオルで乾かし始める。

「ダンナ!ダンナ、終わりやしたぜ!」
「お、ご苦労だったな」
「グリちゃんサッパリして良かったね!」
「コル!」

文字通り飛んで戻って来たベガーにドライヤーの風を向けてみた。
ベガーは全く気にせずにグリグリの隣まで進む。
これくらいじゃ影響無いのか。

「ダンナ、次は何するんですか?」
「何って…むしろオレの方が聞きてえよ。何がしたいんだ?」

ベガーに訊かれてオレは膝に乗せていたグリグリを覗き込む。
グリグリは飛び降りると机の引き出しからチョコバーを3本取り出してきた。
一本ずつオレとベガーに渡して、もう一度オレに乗り直す。

「メシだそうだ」

嬉しそうに袋を開けるグリグリにオレも続く。
ん、うまい。
たぶん次にこんな風に時間を取ってやれる日はしばらく来ないだろう。
だけど、だからこそ今日だけは平和な一日をこいつらに。