青赤



「ルーシーアンっ」
「……なんだ」

弾むような声を出しながらでスカーレットが部屋を覗き込んできた。
また何かねだりに来たのかと少し身構えながら先を促す。

「ここ!ここ行こう!」

スカーレットはそんなオレの様子を気にも留めずに、中にずかずかと入ってきた。
押し付けるように見せられたのは一枚のカラフルなチラシ。

「ケーキ屋?……いいけど、いつだ?」
「今日」
「今日!?」
「そうよ今日。今から」
「ムリだ。今日はオレ以外ここにいないし」

一度決めたらよっぽどことじゃないと譲らないヤツだが、ここは引くわけにはいかない。
遊びで王様の城を空っぽに出来るか。

「わかってるわよ。王様を一人で置いとけるわけないでしょ」
「だよな」

腰に手を当て、少しむっとした様子でスカーレットが言う。
さすがにそこは騎士としての共通理解があったようだ。
助かったぜ。
思わず安堵のため息が漏れる。
こいつ、機嫌を損ねると後が長いからなぁ。
とりあえずヒューとクロトーに連絡とって、なるべく急いで来て貰おう。

「――ヒュー連れてきたから」

連絡のためにハデスを呼び出そうとした瞬間、当然のように続けられた内容に思わず脱力した。
部屋の外で無表情のまま黙って突っ立ってるヒューの姿が目に浮かぶようだ。

「……あいつも可哀想に」
「なによ。ちゃんとお土産買ってくるって約束したもん」
「はいはい。今日出かけるのは決定事項なわけだ」
「やっと分かった?」

降参と両手を挙げるとスカーレットは満足そうに頷いた。




休日の昼間なだけあって街には男女の二人組みが多い。
平たく言うとカップルってやつ。
人の流れを眺めながらゆっくり歩いていると、スカーレットが急に不機嫌そうな表情になりオレを見上げてくる。
ワガママが叶って浮かれていたはずなのにどうしたんだ。

「……どうせ、もっと大人の女と来たかったとか思ってるんでしょ」
「はぁ?」

あまりに唐突すぎて理解が遅れた。
えーと。つまりスカーレットは、この外出にオレが嫌々付き合ってると思ってるわけか?
何というか、こいつも結構バカだよな。

「オレはお前とこうやって出かけるの結構好きだぜ」

呆れながらも思ったままを答えると、スカーレットはワザとらしくオレから一歩距離をとった。
失礼な奴だ。

「何。ルシアンってロリコンなの?」
「違ぇよ。そういう意味じゃねぇ」

それだけ軽口を叩けるなら心配してやる必要はねぇな。
まあ自分がガキだって自覚があるのは何よりだ。
こっちも堂々とガキが変な気をまわしてんじゃねぇって言える。

「バカね。そういう時は『違ぇよ。お前は特別』って言うものでしょ」
「『お前だから特別』って?」
「そ。そんなことも出来ないからモテないのよ」
「オレに言われて嬉しいのか?」
「気持ち悪い」

言うじゃねぇか。
そこまで言うなら試してやる。
手を掴む――と嫌な思いをさせてちまうからそれは止めて、ひょいひょいっと早歩きでスカーレットの前に出た。
驚いたスカーレットが足を止めたところで、体を反転させて向かい合う。
目線を合わせるために少し屈んだ。

「年なんて関係ない。お前だから――」

わりと本気に聞こえるような声で言ってみた。
嵐のような騒がしさを期待して反応を待っていると、予想外にスカーレットは黙り込んだまま顏を真っ赤にしていく。
もしかしてこれは。

「……照れてんのか?」
「違うわよ!あまりにサマになってなくて驚いてるの!!」
「ふーん?」

必死な様子で言われるがどう見ても迫力なんて無い。
むしろ微笑ましさを誘うばかりだ。
スカーレットが付き合ってられないと言い放ち、早足で歩きだす。
堪えきれない口の緩みを手で隠しながら後を追った。

「お、着いたな。ここか」

今みたいな関係が続くのも長くてあと数ヶ月。
『お前が大人になるまで待っててやる』
そう言えないことを少しだけ残念に思いながら、スカーレットのために店のドアを開けた。