オズアラ



「アーラーゴ」
「……何だよ。用事もねぇのに来るなって言ってるだろ」

足音で自己主張しながらグレイ・ミュージアムに入ってきたオズがオレの後ろで立ち止まる。
昨日は『旅行に行くなら海か山か』なんて聞いてきた。
一昨日はチョコバー1本置いていった。
その前はセスのボランティアの予定を確認しに来た。
いつも内容はどうでもいいことばっかり。

「用事ならあるって。コレ」

睨みながら振り向くと、オズは持っていた書類の束からファイルを一つ引き抜いた。
濡れ衣だとでも言いたそうな表情だ。
差し出されたのは、先週オレが提出した報告書。

「赤線引いたトコロ、直して再提出。明日まで……って言いたいところだけど、明後日まで」
「明後日!?」

急な話に思わず声が大きくなる。
パラパラと捲ってみただけで、チェックの多さにうんざりしてくる。
eが一つ足りないくらい気にすんなよ。細かい奴だな。

「一応明日見に来て、進み具合によっては手伝ってやるよ」
「……ガッチャ」

それでも上司として言われてしまえば、拒否するわけにはいかない。
あーあ、やっちまった。
こいつが明日もここに来る理由を自分で作っちまった。
溜息を我慢して、視線を手元からオズに戻す。
オレが椅子に座ったままだから、自然と見上げる形になった。

「他には?」
「いや、コレだけ」
「だったら早く帰れよ」

顔を背けながら言うと、思ったより不機嫌な声が出た。
もしユアンが聞いていたら絶対怒られただろうな。
別にオズだからいいけど。
オズが苦笑しながらオレの頭を軽く叩いた。

「はいはい。じゃあな」

一言も反論せずに、あっさりと去っていくオズの背中を見つめる。
五分もないような短い時間。
それでも聖守護隊の仕事なんかで遠出の予定が決まってる時以外はほとんど毎日。
用事とも呼べない言い訳でいちいちオレのところにやってくる理由に気付いたのは結構前だ。
それからずっと待ってるのに、オズは今のままの状態を続けたいらしい。
……オレはいい加減飽きた。
悔しいけど我慢競べはオレのほうの負けだ。


翌日、なんとか自力で報告書の訂正を全部終わらせた。
再提出はあえてオズがいない時を狙って持って行ったから、たぶんもうすぐ来るに違いない。

「アーラゴ。一人で頑張ったらしいな。エライエライ」
「ああ。で、知ってるなら何しに来たんだ?」
「お前のこと褒めに」
「そりゃ…サンキュ。――これで明日は来なくていいからな」
「他に用事がなければ」
「つーか、いちいち用事をつくって会いに来るのやめろ」
「……何で?」

予想通り現れたオズにずっと言いたかった事を伝えると、驚いたような顏で返された。
とぼけるかと思ったが、そこは素直に認めるらしい。
話が早くていい。

「だって、お前忙しいんだし」
「お前とは仕事片付けるスピードが違うんだよ」

気にすんな、と遮られて頭を抱えたくなる。
オレより色んなことを知ってて勘も鋭いのに、ほんと変なところで鈍い奴。

「……用事が済んだら、帰らせなきゃいけないだろ」
「心外だな。人を言われるまで用も無いのに居座ってるみたいに言うなよ」
「実際そうじゃねぇか。せっかくお前が来たのに、帰れって言わなきゃいけないオレの気持ちも考えろ」

言いながら頬が熱くなっていくのが自分でもわかった。
オズが片手で顔を隠しながら返事になってない呻き声を漏らす。
ようやく理解したか。

「あー……」
「用事じゃなくて、時間作ってちゃんと会いに来いって言ってんの。休憩時間合わせるから」

最後に付け加えてやると、オズは嬉しそうに表情を崩した。
抱えていたファイルを机に置いて、オレの肩に腕を回してくる。

「言うじゃねぇか。じゃあ明日の昼、キッチリ空けるから一緒にどっか行こうぜ」
「いいけど、遅れたら置いてくからな」
「こっちのセリフだ」

立ちあがりながらオズの手を取り、後ろを向かせた。
顏は見えないけど笑っているとわかる。
少し強めに拳を押し付けて、オレはオズを送り出した。

「ほら、行ってこい」