無自覚セス



軽食堂の端のテーブル。
コーヒーを飲んでいると、妙に視線を感じて顔を上げる。
案の定、セスがこちらを見ていた。
社交辞令のつもりか、目が合うとオレに向ってにこりと笑う。
相変わらず猫かぶりが上手いことだ。
珍しくカウンターの外に出て、あちこちフラフラしている。
隣のテーブルを拭きに近づいてきたセスを見て、思わずため息がこぼれた。
セスがオレの方を振り返る。

「どうしたんですか?」
「……いや、何でもねぇよ」
「そうですか」

見つめられているというほどの長さではなく、放って置くとすぐ消える。
見張るというほどの緊張感や悪意も無い。
だから今まで黙っていたのだが、さすがに回数が二桁を超えると無視できなくなった。

「なぁ、なんでそんなにオレのこと見るんだ?」
「え?」

この際だからハッキリさせようと思って尋ねてみる。
セスは驚いたように瞬きをした。

「何か言いたいことでもあんのか?」
「言いたいこと?特にありませんが……」
「じゃあ何でだよ」
「そもそも、そんなに刑事さんを見ているつもりはありませんけど」

心の底からそう思っているような表情。
とぼけている訳ではなさそうだ。
ますます意味がわからない。

「気付いてねぇのか?今日何回オレと目が合ったか思い出してみろよ」
「……確かに」
「ほらな」
「何で、でしょうね…?」

不思議そうに呟くと、セスはそのまま黙り込んでしまった。
問いかけの形をとってはいるが、返事を求めている様子はない。
オレに向かって聞いているというより、単なるひとり言という感じだ。
目の前にオレがいるのに、無視されているようですこし腹が立つ。
それでも我慢して答えを待っていると、思わぬ反撃を喰らった。

「それより刑事さんこそ僕を見ていたんじゃないんですか?」
「オレが?」
「目が合うってことは、刑事さんだって僕の方を見てたってことですよね」
「……んなワケねぇだろ」

だからそれはお前がオレを見てるからだ。
もう一度言う前に、セスがわざとらしく口元に手をやった。

「すいません。その、刑事さんの気持ちは嬉しいんですが……。僕……」
「違えって言ってんのが聞こえなかったか」

少し下を向いて恥じらうふりをしながら、体をもじもじと動かす。
完璧にはぐらかしにきた。
答える気がねぇな。
そこまで必死に問い詰めたい訳でもない。

「オレだってお前となんてゴメンだ」

これ以上はムダだと諦め、あっちへ行けと追い払う仕草をする。
途端にセスが纏っていたふざけた空気がストンと消えた。

「……セス?」
「はい?」
「お前、何でそんな変な顔するんだよ」

予想していた何倍にもなって返ってくるはずの反論が無い。
その代わりに眉間に小さく皺が寄っている。
口の端が微妙に下がってる。
まるで、お前が今のオレの言葉に傷ついたみたいな表情。

「変な顔なんてしてませんよ。これでも結構褒められることの多い顔です」
「そういう意味じゃねぇ」
「じゃあどういう意味ですか」

こういう誤魔化し方をすること自体がこいつらしくない。
やっぱり何かおかしいんだろうけど、そのまま言ったところでこいつが納得するかどうか。
……しねぇだろうなぁ。
悩んでるオレに向ってセスが一瞬で笑顔を作った。

「刑事さん、レジが混んできたようなのでそろそろ失礼しますね」

軽く頭を下げると、止める間もなくパタパタと急ぎ足で去っていく。
結局、全部もやもやしたまま。
空になった紙コップを握りつぶしても、奇妙な違和感は消えない。
だってセスだぞ?
あいつがオレに何か言われたくらいでショックを受けるはずなんてない。
そう自分に言い聞かせながら軽食堂を出た。