放課後



「お、シュート決まった。アラゴの予想通りだな」
「白チームやるよな」
「でも3対2で赤リードだぜ?」
「だっけ?あー、オレも混ざりてぇ」
「行けば?」
「行かねぇよ」

放課後の教室。
窓際の席に座って運動部の練習風景をネタに取り留めのない話をする。
セスの用事が終わるまでの時間つぶし。
のんびり一人で待つつもりだったが、ユアンが来るまでならとオズが付き合ってくれている。

「早くユアンこねぇかなー」
「別に行ってもいいんだぞ?一人で待ってるから」
「今日は迎えに来てほしい気分なんだよ」
「なんだそれ」
「いいの」

早く会いたいなら生徒会室に行きゃいいのに。
どこのクラスももう終わってるだろうから、ユアンのほうこそ向こうで待ってるかもしれない。

「そろそろ来るかな」

机にうつ伏せていたオズが不意に顔を上げた。
カバンに手を突っ込んでごそごそと中を漁りだす。
オズの奴、こういう勘は外さないから怖いんだよな。

「アラゴ、置き土産にやる」

オズがオレに向かってひょいっと何か放り投げた。
あ、チョコバー。

「うわ、と、あっ!」

いきなりだったせいで受け取り損ねて窓の外に弾いてしまった。
慌てて手を伸ばし追いかける。

「バカっ!」

夕焼けの赤い空とグランドが視界一面に広がる。
――あ、やばい。落ちる。
ふわりとした浮遊感の直後、がくんとした衝撃に襲われた。
勢いよく後ろに引っ張られる。
ガラガラと椅子と机が倒れる音。
オズに引きずり戻されたらしい。
ドキドキする胸を押さえながら顔を上げると、ユアンが青褪めた顔でオレを見降ろしていた。
タイミング最悪じゃねぇか。

「バカ!!」

それ、さっき聞いたばかりだ。
駆け寄ってきたユアンに腕を掴まれる。
痛いくらいに力が込められている。
オズが気まずそうに首に手を当てながら口を開いた。

「わり、アラゴだけの責任じゃねぇんだ」
「二人ともか」

オズから流れを説明されたユアンに思いっきり頬を抓られた。
そのままの状態で、どんなに危険なことをしたのかと延々聞かされている。
あと1分ずれてたらバレなかったのに。
しばらく続きそうな様子にこっそり息を吐くと、廊下の方からパタパタと小さな足音が聞こえてきた。
開きっぱなしになっているドアから待ち望んでいた黒髪が姿を覗かせる。

「アラゴさん、いますか?」
「セス」
「遅いと思って様子を見にきてみれば。……今度は何をしたんですか?」
「チョコバー取ろうとして窓から落ちかけた」
「そんな脊髄反射で動かなくても…」

セスが手を伸ばすと、場所を譲るようにユアンが離れた。
あー痛かった。
赤くなってるんじゃねぇのか?
ヒリヒリと熱をもった肌にセスの手のひらが触れる。
冷たい。
思わず目を瞑って気持ちよさに浸っていると、ユアンがセスに事情を説明する声が聞こえた。
呆れたようにセスがオレの頬を柔らかく摘まむ。

「ユアンさんの言う通りですよ」
「……落ちなかったんだし、いいじゃねぇか」
「この調子なんだ」

ユアンのため息。
だって本当のことだろ。
ユアンは心配しすぎなんだ。

「アラゴさん」

セスがオレの名前を呼んで手を離す。
にっこり笑ってから窓枠に足をかけて外へ体を乗り出した。
慌ててセスの体に飛びつき、自分のほうへ引き寄せる。

「なにやってんだ!!ここ何階か分かってんのか!?落ちたらどうすんだよ!?」

抱えたまま腕の中のセスに怒鳴る。
セスは何事もなかったかのようにオレを見上げて微笑んだ。

「驚きましたか?」
「当たり前だ!」
「ユアンさんも僕も、同じように驚いて心配したんですよ」

トンと胸元を押され、セスを開放する。
意地張ってないでちゃんと謝ったほうがいいですよとオレにだけ聞こえるように囁かれた。
改めてユアンの顔をきちんと見る。
心配、かけたんだよなぁ。

「…………悪かった」
「分かってくれたならいいんだ」

照れくさかったので思わず目を逸らしてしまう。
それでもユアンはほっとしたように表情を緩めた。

「セス君、分かりやすい説明をありがとう。でも君も危ないことしないように」
「今回だけです」
「そうしてくれ。この後アラゴと約束が?」
「えぇ」
「アラゴのこと、頼んでもいいかな」
「はい」
「怪我は無いようだけど、机とかでどこか打ってるかもしれないから何かあったらすぐに連絡してくれ」
「わかりました」
「ありがとう。机と椅子はオズが片付けておくから、もう行って大丈夫だよ」
「いいんですか?ありがとうございます」

オレとオズを置いてどんどん話が進んでいく。
勝手に片付け全部任されてるけどいいのかと思ってオズの様子を伺ったが特に不満は無いようだった。

「アラゴさん?行きますよ」

セスに袖を引かれて足を動かした瞬間、ユアンの声が飛んできた。

「今日はあんまり遅くなるなよ」

帰ったらまた説教されるんだろうなぁ。
その時はもうちょっと素直に謝ろうと思いながらセスと教室を出た。