女装したセスと正体に気付かない刑事さん



ああ、もうめんどくさい。
軽薄な口調で延々と話し続ける男を前に、うんざりと心の中でため息を吐く。
確か、演劇部の子が新しく届いた衣装を店に教室まで着てきたのが発端。
悪ノリした女の子たちになぜかその子の制服を着せられ、教室を追い出された。
セス君なら入るんじゃない?って聞かれたから入ると思うと答えただけで、どうしてそんなことになったのか。
本格的な化粧までされたうえで適当に校内を歩いて来いというのは、今思い返してもおかしい。
下手に校舎をうろつくよりも、いっそ外に出て人目につかないところで時間を潰す方がいいかもしれないと思って校門を出た。
結果としてその判断は失敗だったということだ。
一緒に遊ぼうと執拗に誘ってくる男達、
いつもみたいに黙ってるだけじゃ終わらなさそうだ。
そういう意味ではマットたちに絡まれてた方がまだマシかもしれない。
いい加減時間の無駄だな。
ハッキリと断るセリフを口にしようとした瞬間、男の後ろかいきなり手が伸びてきた。
逃がさないとでも言うようにがっしりと肩を組んで男を捕まえる。

「よぉ、コンニチハ」
「――っ!」

反射的に刑事さんと声を上げかけた口を自分で押さえる。
危なかった。

「警察署の前でナンパなんていい度胸じゃねぇか」

刑事さんが警察手帳を取り出した途端、散々騒いでいた男達はあっという間に逃げ出していった。
なんだか妙に懐かしい感じ。

「大丈夫か?」
「はい。……警察の方なんですね。助けて下さってありがとうございます」

せっかくだからこの人と初めて会ったときと同じセリフを言ってみる。
向こうも同じものを感じたらしく、黙り込んだままじっと僕を見つめてきた。

「どうしたんですか?」
「……いや、わりぃ。知り合いに似てたからつい」

刑事さんがばつが悪そうに後ろ頭を掻く。
似てるというか本人なんだけど。
こんなにも気付かないものなのかと刑事さんの鈍さに呆れてしまう。
安心したような、残念なような気持ち。
同時に刑事さんから見た普段の僕に興味が湧く。

「どんな人なんですか?」
「どんな…?」
「お礼にコーヒーでも奢りますから、私に似てるっていう知り合いの方の話を聞かせてくれませんか?」

近くのカフェを指差すと刑事さんは少し悩んでから頷いてくれた。

「――ホント、生意気なんだよ。マジで。嫌味な奴でさぁ。可愛げのカケラもねぇというか」
「はぁ」
「自分勝手で事ある毎に突っかかってくるし、大人しくしてると思いきや裏で変なこと企んでるし」
「そうなんですか」

ある程度予想していたとはいえ、刑事さんの中での僕の評価は酷いものだった。
相槌以外は口を挟む隙が無いくらい、次から次へと愚痴が零れてくる。

「この間なんか、両手いっぱいに荷物抱えてたから手伝ってやろうとしたら余計なお世話だって睨まれたし!」
「よくそんな人と付き合えますね…。何かあるんですか?」

それだけの不満がありながら僕に付き合うだけのメリット。
刑事さんには刑事さんなりの目的でもあるのだろう。
それを知り、上手く使うことができれば今後優位に立てる。

「んー…、でもそいつのこと嫌いってわけじゃねぇから」
「え?」

少し考えた後、刑事さんの口からでた言葉に一瞬自分の耳を疑った。
どうしてこの人はこうやって前提を根本から覆すようなことを平気で言うんだ。

「自分でもよく分かんねぇけど、なんか放っておけねぇんだ」

しょうがない、と刑事さんがはにかみながら微笑む。
ずるい。
こんな優しい顔をするなんて不意打ち過ぎる。

「じゃあオレそろそろ戻るわ」

幸いにも僕の動揺は気付かれなかったらしい。
もう少し話を聞きたかったけど、『通りすがりに助けてもらった女の子』では止める理由が思いつかなかった。
刑事さんが伝票を持って立ち上がる。

「あ、私が」
「バカ。本気でガキに奢らせるかよ」

慌てて受け取ろうとすると、ぺしっと額を叩かれた。
なんだか物凄く泣きたくなる。
普通の高校生が相手だったら、この人はこんな風に接するんだ。

「気をつけて帰れよ。じゃあな」

ひらひらと手を振ってドアから出て行く刑事さんの後姿を見送る。
『セス』だから向けられる表情と『セス』では決して見ることができない表情。
でも、僕がブリューナクを手に入れればどちらも消えてしまうことに変わりない。
失うくらいなら元から無いほうがいい。
胸の奥に生まれたささやかな満足感と小さな痛みの両方を押し殺しながら僕も店を後にした。