プロポーズ



ボランティアへ向かう途中、通り掛かった花屋から聞こえてきた単語に明日が何の日かを思い出した。
バレンタインデー。
確かにいつもは様々な種類の花が並んでいるはずの店の前が今日は全て一種類の花で埋め尽くされている。
それでも僕が帰る頃にはこれが空っぽになっているはずだ。
バレンタインのため用意された大量のバラの花。
あの人のことだから、きっと自分がそんなものを送られる可能性なんて全く考えていないだろう。
もしドアの前にバラの花束が置かれていたらどんな反応をするんだろうか?
僕からだと気付かなくていい。
ただ少し慌てる姿が見たくて、ちょっとだけ悪戯をしてみることにした。
いつもより早い時間に起きて支度を済ませ、学校にいく前に刑事さんの家に寄る。外はまだ暗い。
刑事さんのことだから、きっとまだ寝ているに違いない。
音をたてないように注意しながら、昨日の帰りに買っておいたバラの花束をそっとドアの前に置いた。
……踏まれないよな?
心配になって少し位置をずらす。
……ここだとドアを開けたときに陰になって見えないかもしれない。
もう少し右に。
なかなか場所が決まらず、細々と修正をしていると後ろからトントンと階段を上る音が聞こえてきた。
こんな時間に誰だろう。
振り返ると驚いたようにぽかんと口を開けている刑事さんと目が合った。

「……セス?」
「っ!刑事さん…!?」
「お前なんでこんなところにいるんだ?」
「あなたこそ」
「いや、自分の家だし」
「なんでこんな時間に外から」「明日…じゃなくてもう今日か、今日は非番だから一晩中街の見回りして、今帰ってきたんだよ」

悪いかと睨まれた。
悪いに決まってる。
せっかくの計画が台無しだ。
だけど正直にそう言うわけにもいかない。
返す言葉に困っていると、不意に刑事さんの視線が僕の手元の方に動いた。
遅いと知りながらも慌てて持っていた花束を体の後ろに隠す。

「花束?」

指差しながら刑事さんが口にしたのはシンプルな問い。
ああもう。
見てないフリとか出来ないのかなぁ?

「ええ、そうですよ。バレンタインですからね」
「お前が…?オレに……?」

信じられないというように首を傾げる姿に、いっそ開き直る覚悟ができた。
花束を刑事さんの胸に押し付けながら横を通り抜ける。「デリカシーの無さもいい加減にしてくださいね」
「な!」
「お返しはブリューナクで結構ですから」
「あ、おい!待てよ!」

階段を一段降りたところで手首を掴まれた。
バランスを崩して危うく転びそうになるが、刑事さんに支えられて何とか体勢を保つ。

「すげぇ冷えてるじゃねえか。学校までまだ時間あるだろ。チョコバーとコーヒーくらいなら出せるから少し温まってけよ」
「……いりません」

前を向いたまま刑事さんを見ずに答えると、僕の腕を掴んでいた力が抜けた。
苛立つような空気が伝わってくる。
そのまま刑事さんの手を振り落とし、体を逆の向きに変えた。

「コーヒー、刑事さんがやると美味しくないので僕が淹れます」「……そっか!」

僕が続きを口にした途端、不機嫌そうに眉を寄せていた刑事さんが一瞬で笑顔になった。
本当に単純な人だ。

「早く鍵開けてください」
「あ、あぁ!悪い!」

ごそごそとポケットを探りだす刑事さんの後ろでこっそり溜め息を吐く。
予定外も甚だしい。

「セス!ほら早く来い!」

それでも不思議と今の状況を悪くないと思いながら、刑事さんの後に続いて中に入った。