バースデープロポーズ
日付が変わると同時に電話が鳴る音が響いた。
画面に表示されているのは見慣れた名前。
普段なら非常識だと思う時間だが、今日だけは別だ。
「――はい」
『誕生日おめでとう』
「ありがとうございます」
僕がでると名乗りもせずに自分の言いたいことだけを告げる。
この上なく自分勝手なことをされてるのに悪い気はしなかった。
受話器の向こうから僕の返事に嬉しそうに頷く声がする。
『おめでとう』
続いてもう一度同じセリフ。
聞こえなかったのかな?
いや、そんな反応じゃなかった。
不思議に思いながら僕も同じ言葉を返す。
「ありがとうございます」
『ん。じゃあまた明日な』
「刑事さん、もう日付が変わったから今日ですよ」
『あ、そうか。じゃあまた後で』
「はい。お休みなさい」
ごくごく短い会話だけをして、電話を切った。
なんだか無性に楽しい気持ちになりながらベッドに横になる。
まだ今日は始まったばかりで、起きてからのほうが長いんだから今はしっかり寝ないといけないのに。
「ふふふ」
思わず笑いが零れる。
刑事さんが最初に祝ってくれた。
おめでとうと言う刑事さんの声を頭の中で繰り返し思い出しながら、僕は幸せな眠りについた。
起きたときには既に刑事さんは僕の病室に来ていた。
目が覚めた途端、視界に入ってきた銀色に驚きを隠すためにわざと眉を寄せる。
「……起こしてくださいよ」
「寝顔が可愛くて」
「ベタな言い訳は結構です。悪趣味な」
「言い訳じゃねぇって」
強い調子で重ねられたが、それは分かっていた。
両手がちゃんと降りている。
「嘘じゃねぇからな」
だからこそ尚更恥ずかしい。
こういうことを素で言ってるから敵わないんだ。
つられて本音が出てしまう前に話題を変えよう。
「……僕の寝顔なんていつでも見れるでしょう。折角の外出許可なのに時間がもったいない。急いで準備しますね」
「おう!」
刑事さんは何が楽しいのか、僕が着替えるのをニコニコと見ている。
今日を刑事さんがわざわざ休みにしてくれたから、教えてもらったその日に僕も外出許可を申請した。
久しぶりの私服だ。
僕の身支度が終わると刑事さんが明るい声で言った。
「まずはケーキにしようぜ」
「は、い…?」
ホテルのような、とまではいかないがそれなりに広い病室に備え付けられたテーブルと椅子。
そのテーブルの上にいつの間にかケーキが置いてあった。
あまり大きくはないがきちんと丸い。
それでも、ケーキは朝食にはならないと誰か刑事さんに教えてあげて欲しい。
他にもおかしな点がもう一つ。
「……どうして2個?」
ちらりと横を見上げながら尋ねると、刑事さんは僕の背中を押して椅子に座るよう促した。
「去年の分」
「……ああ」
平然と言われた答えには妙な説得力があった。
さすがに最初に切り分けられた半分ずつには無理があったので、更に半分にしてもらう。
四分の一ずつ僕が食べると後は全部刑事さんに任せた。
朝からどうしてあんなに大量の甘いものが胃に入るんだろう。
不思議でならない光景を眺めながら、口に残った甘みをコーヒーで消す。
刑事さんが淹れてくれたコーヒーはギリギリで及第点といったところだった。
少し薄くて酸味が多い。
刑事さん自身も同じように感じたのか、少し顔を顰めてからカップを傾けている。
おかわりは僕が淹れてあげよう。
「んで、これがプレゼント」
脈絡なくポケットから取り出された箱が無造作に僕の前に置かれた。
プレゼントも二つあるのかと思っていたらこちらは1つだけ。
手のひらに納まる小さなサイズで、持ってみるととても軽い。
僕の疑問を察したように刑事さんが指で頬を掻く。
「『プレゼントはオレ』って言えばいいだろとか『それが充分2年分のプレゼントになるわよ』とか言われたんだけど、どうしても何か違う気がして」
「……開けてもいいですか?」
「もちろん」
箱の大きさからまさかと思ったが、今の刑事さんの話で予感が確信に変わった。
了承を得てから丁寧に包装紙を解き、出てきた箱を開ける。
「――指輪」
「うん」
色々言われたんだろうなぁ。
からかい半分真面目半分なアドバイスでパンクしそうな刑事さんの様子が目に浮かぶようだ。
「エンゲージリングのつもりですか?」
「そう」
「こういうのは一日の最後に渡すものじゃないんですか?」
「…早いほうがいいと思って」
「ムードとか」
「……考えてなかった」
「相変わらずデリカシー無いですね」
「………わりぃ」
責められてると思ったのか段々と刑事さんの肩が落ちていく。
正直に言うと刑事さんにはその類は期待していないので、ただの感想でしかない。
確かにコレと並べられるようなプレゼントなんて、そうそう無いだろう。
本当に去年の分なんて気にしなくていいのに。
そう伝えたところで納得しないんだろうけど。
一度決めたら譲らないところがある人だ。
「……じゃあ、今日の買い物でもう一つ探しましょうね。一緒に僕からの分も。去年は僕も何もできませんでしたから」
「だってそれはしょうがないだろ」
「それなら僕も同じことを刑事さんに言って、話は終わりです。この結論で構いませんか?」
返事は聞くまでもなかった。
顔にノーだと書いてある。
「……いいや」
一拍おいて刑事さんが首を横に振る。
予想通りだ。
「そもそもエンゲージリングをあなたが僕に渡して終わりっていうのが気に入らないんですよね」
「どういうことだよ」
嬉しいけど悔しい。
早い者勝ちかもしれないが、ここまで勝手にされて黙っているわけにもいかない。
そろそろ僕に主導権を渡してもらおう。
「プロポーズって片方からだけじゃないですか。僕だって、してみたいなって思うんですけど」
鼻先が当たるくらいに顔を近づけてにっこり笑うと、刑事さんの顔が真っ赤になった。
思った以上に不意打ちが効果をあげたことに満足する。
「それじゃあ出かけましょうか」
素直に立ち上がる刑事さんを見て、その前に、と僕は続ける。
本当に気が利かない人だ。
まぁ、今は頭がいっぱいになってる原因が僕だから許してあげよう。
「忘れてますよ」
ケースから出した指輪を刑事さんに渡す。
どうぞと両手を差し出したときの刑事さんの顔が最高の贈り物だった。
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