0706
放課後。
アラゴさんを探して生徒会室に来ると、見慣れない色に迎えられた。
少しくすんだ緑。
普段は校舎のなかには有り得ない草の色。
堂々と入り口に立ててある笹に、そういえば明日は七夕だったなと思い出す。
どうせお祭り好きのあの男の仕業だろう。
茶色に「CHOCO」と書いてある短冊を見つけ、なんとも言えない気分になった。
わざわざ用意したのだろうか。
思わずまじまじと眺めていると生徒会室のドアが中から開かれた。
止まった足音がいつまでたっても動かないのを不審に思われたのかもしれない。
「あ、セス君だったのか。いらっしゃい。アラゴなら中にいるよ」
「ユアンさん。ありがとうございます」
出てきたユアンさんに促されて室内を覗くと、言葉通り奥の椅子にアラゴさんが座っていた。
廊下での会話が聞こえていたのか、待ち構えていたように笑顔で僕に手を振ってくれる。
「セス!もう委員会終わったのか?」
「はい。遅くなってすみませんでした」
「全然」
ちょうどいい暇つぶしがあったしと笑うアラゴさんの前には何枚もの短冊が広げられていた。
色の違いはあるけれど書いてある字は全て同じ。
チョコバー短冊を大量生産していたらしい。
「セス、わりぃ。コレだけ終わらせていいか?」
「かまいませんよ」
「せっかくだからセス君も何か書いていく?」
「……遠慮します」
不意にアラゴさんの隣で細く切った紙を輪にして繋げていた男が立ち上がった。
この男さえいなければ一枚くらい書いてもよかったんだけど。
ちらちらと意味ありげにアラゴさんの方を振り返りながら近づいてくる。
「悪魔くん、悪魔くん。コレ、救出しておいたぜ」
手渡されたのはぐしゃぐしゃに丸められたピンク色の紙。
状況から考えると恐らく元は短冊だったものだろう。
アラゴさんが慌てて立ち上がり部屋の隅のゴミ箱を確認する。
「オズ!!」
ああ、これアラゴさんが書いたものなのか。
このままゴミ箱に投げ込もうと思っていたがそれなら話は別だ。
駆け寄ってきたアラゴさんの手は男の体が邪魔になってギリギリのところで届かない。
たまには役に立つな。
破かないように注意しながら開いてみると、中には『セスと』、『セスが』、『セス』。
僕の名前がいくつも書いてある。
そしてそのどれもが途中で上から線で潰してある。
「……アラゴさん」
「なんだよ」
取り返すのを諦めて大人しくなったアラゴさんの名前を呼ぶと不貞腐れたように顔を逸らされた。
一目でわかるくらいに耳が赤い。
「人の名前を書いて消した紙をゴミ箱に捨てるなんて、普通に失礼ですよね」
「うるせぇ!」
「ふふ、冗談です」
からかうと怒った勢いでこっちを向いてくれた。
素直に答えてくれるとは思わないけど、訊かずにはいられない。
「何て書こうとしたんですか?」
「言わない」
返ってきた答えは予想通りのもの。
可愛い人だなぁ。
「ユアンさん、やっぱり一枚貰っていいですか」
「もちろん」
人差し指で宙に四角を描きながらお願いすると、ユアンさんは楽しそうに短冊とペンと渡してくれた。
『アラゴ』
真ん中にそれだけ書いて、廊下の笹の一番高いところに結びつける。
「……オレがなんだよ」
「アラゴさんが教えてくれたら、僕も教えます」
本当はアラゴさんが書こうとしたことなんてわかっているけど、この人自身の口から聞きたい。
にっこり笑ってみせると、アラゴさんがユアンさんと僕を交互に見た。
悩んでる、悩んでる。
少し俯いてから、何かを決めたようにパッと顔を上げた。
「――絶対だな?」
「はい」
「絶対だからな!じゃあ、帰るぞセス」
「はいっ」
約束だからなと更に念押ししながらアラゴさんが鞄を取りに奥まで戻っていく。
さすがにこの場では教えてくれないらしい。
照れ隠しなのか擦れ違いざまに今回の主犯の赤い髪をぐしゃぐしゃにしていた。
いい気味だ。
数分後にどんな甘い言葉が囁かれるのか楽しみにしながら、こっそりと皺だらけの短冊を制服のポケットにしまった。
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