Boxed garden サンプル
【1】
郊外の森の奥。セスが中から出た途端、戴冠石は壊れてしまった。パラパラと音を立てて破片が落ちていく。支えを無くして地面に倒れそうになるセスの体を受け止める。
軽い。
「……お帰り」
でも温かい。
生きている証だ。
割れた戴冠石の欠片は一つ残らず聖守護隊の奴らが持っていったらしい。回収チームを呼ぶための無線の会話が聞こえてきて、初めて、オズがここ来たのが独断に近いものだったことを知った。
「おい、こっちから連絡なんてしてバレたらマズいんじゃねぇの?」
「ここまで状況が進んだら、報告しない方が逆にマズいんだよ」
「そうなのか?」
「ああ。分かりやすい結果があれば、表立って堂々と手助けできる。来た甲斐があって良かったぜ」
「……オズ」
「何も無かったとしてもちょっと上からお叱りを受けるくらいだけどな」
軽く言ってんじゃねぇよ。
今でも充分すぎるほど手伝ってもらってるのにこれ以上迷惑をかけられるか。
「無事にその可能性も消えたから、そんな顔すんな。お前は悪魔くんのことだけ考えてりゃいいんだよ」
オレの心配を吹き飛ばすようにオズが力強く笑う。腕の中にセスが存在することを確かめたくて力を込めた。応えるようにセスの体が動く。
「セス?」
「―」
「オレだ。わかるか?」
薄っすらと瞼を開いたセスは微かに唇を震わせ、結局そのまま気を失ってしまった。
数日経って目を覚ました時、何を言おうとしたのか訊いてみたら、忘れましたとはぐらかされた。
気にならないといったら嘘になるが、セスが言いたくないなら今はいい。
帰ってきてくれた。それだけで充分だった。
* * *
聖守護隊の医療施設は病室というよりはホテルに近い造りをしている。一つずつの部屋がやたらと広いが、基本的には一人部屋。半年くらい前までは一般人にも開放されていてオレも世話になったけど、現在は市街の復旧が進んで使える病院も増えてきたから、関係者だけという本来の形に戻っている。
訊かれるままセスにオレ達が今いる建物の説明をしていると、ノックの音がしてドアが開いた。オズだ。
「調子はどうだ?」
無言で顔を逸らすセス。満足そうにオズが頷く。返事がないことなんて気にも留めていない。
「良さそうで何より。今日は気が早いけど退院した後の話をしにきたんだ。悪魔くんって行くとこないだろ? 家はこっちで用意するから、そこで一緒に暮らす相手を選んでくれ」
まるで晩飯のメニューでも訊くような調子だ。
さすがに無視できない内容だったのかセスが顔をあげる。
「一人で―」
「ダメ」
答えを最後まで言わせることなくオズが遮った。最初から予想していたのだろう。
「悪いが、悪魔くんにしばらく一人暮らしはさせられねぇ。日常生活のサポートってのが主な名目だけど……」
右手に落とされた視線に、セスが不愉快そうに目を細めた。それだけじゃないことはこの場にいる全員が分かっている。
「監視なら素直にそうと言えばいいでしょう。体裁だけは取り繕おうとするんですね」
「そうだよ。悪魔くんの言う通りだ。ついでに言うと拒否権は無い。その代わりに選択権だけはもぎ取ってきた」
「……選択権?」
「あぁ。オレか、うちの訓練生が交代でか、アラゴ。さぁ選べ」
オズが自分を指差し、部屋の入り口のドアを指差し、最後にオレを指差した。ピリピリとした空気がセスの周りに生まれていく。
怒ってんなぁ。
「本当にそれが選択肢になると思っているんですか」
「選べねぇならオレが決めるぞ」
オズがオレに向けていた指をクルクルと回す。ふざけた様子なのに本気だと伝わってくるからタチが悪い。
セスは長い沈黙の後、シーツをきゅっと握りしめてから一言だけ呟いた。
「……刑事さん」
オズが携帯電話を取りだす。ボタンを二回押してから耳に当てるとすぐに話し始めた。
「オレだ。決まった。後でちゃんと書類送るけど、パートナーはアラゴで」
『―』
「そう」
『――』
「そうそう。じゃあ後の手配は任せるから。頼んだ」
電話の向こうの相手に向かって何度か頷くと、じゃあなと会話を終わらせた。
これで決まりだ。もう後戻りはできない。
「ってことだアラゴ。よろしく」
「ガーッチャ」
セスとの二人暮らし。いきなりだったら慌てただろうが、実は昨日のうちに話だけは聞かされていた。
セスはオレを選ぶだろうっていうオズの読みにはオレも賛成する。自分がセスから好かれてるなんてことは思ってないけど、あの三択の中では一番マシってところだろう。
一晩中考えて出した結論。おかげで昨日は全然眠れなかった。
オズが肩の荷が降りたと言いながら大げさに息を吐く。
「あぁ、良かったぁ。オレ、ほとんど仕事で家を留守にするだろうから、もし指名されてたら悪魔くんに一人暮らしと変わらない生活させちまうところだったぜ」
「お前、騙したな…!」
セスはオズと仲悪いし、聖守護隊の訓練生っていうあまり知らない奴らよりはと思ってオーケーしたのに。
思わず椅子から立ち上がると、オズが肩を組むように腕を回してくる。力任せにぐいっと引き寄せられ、セスに聞こえないギリギリの大きさで囁かれた。
「どうせお前のことだから、悪魔くんが一人暮らしも同然なんて状況になったら心配で毎日通うだろうが」
「うっ……」
「だったら最初から一緒に暮らしてる方がよっぽど良いだろ。これが全員にとってベストな結果だと思うぜ」
「……まぁ、それは」
「だろ?」
「……セスは本当にオレでいいのか?」
オレはともかく、セスはこれで答えを変えたくなってもおかしくない。
ベッドの方を振り返ると、セスはもう興味を失ったように近くにあった本を開いていた。視線を上げすらしない。
「構いません。実質的に一人暮らしになるとはいえ、書類の上だけでもこの男が同居人になるのはお断りです」
「悪魔くん、厳しいなぁ」
オズが苦笑いしながらセスの頭に手を置いた。ぐしゃぐしゃと髪をかき回し、振り払われる直前に腕を引く。
嫌がられるってわかってんのに、よくやるよなぁ。密かに感心していると、視線に気付いたオズがターゲットをオレに変える。
「嬉しそうじゃねぇかアラゴ。そんなにオレが悪魔くんに冷たくされるのが面白いか」
「違ぇよ!」
「ははっ、わかってるって。じゃあオレは仕事に戻るかな。面会時間はまだ残ってるから二人で新生活に必要なものでも考えてろよ」
今なら経費で落としてやると言い残して、オズはあっという間に出て行ってしまった。ずりぃ。散々引っ掻き回してか自分だけ逃げやがった。
「だそうですよ、刑事さん」
「わりぃ。オズに騙されたみたいだ……」
「先程も言いましたが構いません。あんな言い方をしていましたが、監視付きでないと出られないのは事実でしょう。このままここで軟禁生活になったり、あの男や知らない人間と一緒に住むくらいなら貴方の方がマシです」
まさか本当に言われるとは思わなかった。考えていた通りの理由を聞かされ、なんだかおかしくなる。
「これからよろしくお願いしますね」
「ああ、よろしく」
嬉しかったのはセスがオレを選んでくれたことだ。
少しずつでもこいつのために何かできればいい。
こうして二人暮らしが始まることになった。
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