看病
『風邪ひいた』
→『薬飲んで首にネギでも巻いとけ』
→『薬はのんだ。ネギない』
→『明日買えば?』
→『そうする。サンキュ』
それが昨日の夜のアラゴとのメールのやりとり。
アラゴのやつ、腹でも出して寝たのか。
ユアンに会ったら様子でも聞いてみようと思っていると、靴箱でメールを送ってきた本人に出くわした。
「あれ、ユアンは?」
「風邪でダウンしてる。今日は休み」
「マジ?」
「大マジ」
風邪ひいたってアラゴのことじゃなかったのかと驚き、同時に急にユアンのことが心配になる。
あいつが学校を休むほど体調を崩すなんて滅多にない。
「なあ、今日お前の家行っていい?」
「来てくれんのか?それは助かる。父さんも母さんも明後日までいなくてさ」
正直心細かったんだと苦笑するアラゴに放課後の約束をし、それぞれの席についた。
気が付けば午前中はあっという間に過ぎていた。
昼休みになるとアラゴはセスに連れて行かれてしまい、なんとなく他の奴らに混ざる気もしなかったので昼飯は生徒会室で一人で食べた。
ぼんやり過ごしているうちに午後の授業もいつのまにか終わっていた。
物足りない一日の終わりを告げるチャイムが鳴り、カバンを持ってアラゴの席まで行く。
ようやくユアンに会える。
「行くか」
「おう。帰りにネギ買うから付き合ってくれ」
真面目な表情で言われた内容にぎくりとする。
まさか昨日のメールのことじゃないよな?
万が一を考えてアレは冗談だと伝えようとしたところにセスが現れた。
アラゴの意識がそちらに奪われる。
「あ、セス。わりぃ、今日はユアンが風邪で寝込んでてさ」
「ユアンさんがですか?」
「そ。だからすぐ帰んなきゃいけないんだ」
「あの、じゃあ、お見舞いに行っていいですか……?」
申し訳なさそうに謝るアラゴにセスが恐る恐る尋ねた。
アラゴは一瞬驚き、すぐに笑顔になる。
「もちろん!ユアンも喜ぶに決まってる!」
結局確かめるタイミングが無いまま、途中で買ったのはレトルトのおかゆとフルーツゼリーとスポーツ飲料。それからネギ。
袋から飛び出た緑が罪悪感を誘う。
やっちまったなぁ。
何度か止めようとしたんだけど全部失敗に終わった。
ただいまとドアを開けるアラゴに、セス、オレの順で続く。
静かな家の中。
この中にユアンはずっと一人だったのか。
早退すれば良かったと後悔しながら、ユアンの部屋に足を進める。
何度も来ているから案内されるまでもない。
ドアを開くとユアンがベッドに横になったままこちらを向いた。
「アラゴ、お帰り。……オズ?」
「よ。見舞い。あと謝ることがある」
「ユアン!ネギ買ってきた!」
「アラゴ…!それは迷信だって」
「もしかしたら効くかもしれないし、やらないより マシだろ!」
ドアの前に立っていたオレの脇をすり抜け、アラゴがユアンに駆け寄る。
ユアンは必死な様子で上体を起こした。
「だから巻かないって言ってるだろ!何度いったらわかるんだ!」
お互いに片方ずつ手首を掴み、向かい合ったまま一歩も譲らない攻防が繰り広げられる。
ジリジリとした拮抗状態。
本人たちはいたって真剣なのに傍から見ると奇妙な光景だ。
「……っ!」
「ユアン!?」
見た目は地味だが、実際のところかなり体力を使う戦いであることは間違いない。
病人と健康な人間ではすぐに勝負がついた。
力尽きてベッドに崩れるユアンを横から受け止める。
普段より何倍も熱く感じる体。
アラゴが慌てて手を離しユアンの顔を覗き込んだ。
「水、分……」
「はいはい」
途切れ途切れの荒い息。
ぐったりとしたユアンをアラゴに預け、ビニール袋の中からペットボトルを取り出した。
これはいよいよ参ってるな。
アラゴの方を振り向き尋ねる。
「ストローとかねぇの?」
「ある!」
部屋を飛び出していくアラゴにとユアンが顔を顰めた。
声と足音が響いたんだろうな。
気を逸らしてやろうとベッドの端に座らせてもらい、ユアンの額に手のひらを乗せる。
「うわ、結構熱いな」
「あ…それ、きもちいい……」
「ほら」
もう片方の手を首筋にあてるとユアンがほっとしたように息を吐く。
ゆっくりと味わうように目を閉じて手を重ねてきた。
「お前のことだから『口移しがいい?』とか聞いてくるかと思った」
「ンな余力ないだろ」
「はは」
ユアンは力無く笑いながら手の場所を頬にずらす。
濡れタオルでも持ってきてやるかと考えたところで、勢いよくドアを開けてアラゴが帰ってきた。
「あった!」
駆け込んできたアラゴをセスが避けそこない二人がぶつかる。
そういやセスの奴、今日は妙に大人しいな。
「わりぃ!」
「いえ、僕のほうこそすみません」
「あれ?セス、お前」
「何ですか?」
アラゴが少し屈み、セスに顔を寄せる。
おでこを合わせるとぽつりと呟いた。
「熱い」
「……バレちゃいました?」
「何で黙ってたんだ」
「だって帰れって言うでしょう?」
「当たり前だ」
怒り出したアラゴに、セスは決まりが悪そうに顔を逸らす。
オレをちらりと見るとがアラゴの耳元に顔を寄せるが、囁かれた内容は火に油を注ぐものだったらしい。
アラゴがセスの腕を掴む。
「だったらオレが一緒にいてやるから寝ろ。すぐに帰れ。いや、オレのベッドで寝ろよ」
「はい?」
「明日休みだしちょうどいい。ユアンとまとめて看病してやるから泊まっていけ」
戸惑うセスに有無を言わさず、そのまま手を引いて部屋を出て行った。
ドア越しにアラゴの声が聞こえてくる。
「だから!病気の時に一人になりたくないなんてフツーだろ!」
「アラゴさん大きい!聞こえちゃうじゃないですか!」
慌ててアラゴに抗議するセス。
お前の声も大きいぞ。
手遅れだが聞こえなかったフリくらいはしてやろう。
隣の部屋の状態を想像して思わず笑っていると、ユアンがオレの指を軽く叩いた。
「わざわざ来てもらって悪かったな。こんな感じで大丈夫だからもう帰っていいぞ」
オレを見上げながら掠れた声で伝えられる言葉。
まったく。内容と逆の表情をしてるって自覚しろよな。
どうしてこんな時まで強がるんだか。
「アラゴも言ってたろ。一人になりたくないって言ってていいんだよ。一緒にいてやるから安心して寝てろ」
「……頼む」
「了解」
「あとアラゴもたぶん昨日あんまり寝れてないから――」
「わかった。どうにかしとく」
「ありがとう」
約束するとユアンはようやく静かに寝息をたてはじめた。
呆れるというか妬けるというか。
「こんな時まで弟の心配かよ。バーカ」
溜息の一つも吐きたくなる。
とりあえず約束通り向こうの様子を見に行こうと体をベッドから浮かせると何かに引っ張られた。
何かに引っかかったのかと思い、視線を下に向けて確認するとユアンがオレのシャツの裾を掴んでいる。
「……バーカ」
ユアンを起こさないように気を付けながらベッドの端に座り直す。
あっちはもう少し放って置いても大丈夫だろう。
「もっと甘えろよ」
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