煙草
最上階から続く階段の先のドアを開け冬の寒空の下に出る。
端の方にタバコを咥えてフェンスに寄りかかっているユアンがいた。
深く息を吸って白い煙を吐く。
オレに気づいたユアンは苦笑いを浮かべながらこちらに向かって小さく手を振った。
初めて見る姿に軽く驚きながら、招かれるままユアンの隣まで歩く。
フェンスに体重を預けると少し軋んだ音がした。
「見られたか」
「吸うんだな。意外だった」
「たまに、だよ。アラゴには内緒にしておいてくれ」
隠すほどの事じゃないだろうと思ったが、あいつすぐ真似したがるからと困ったような笑顔で続けられ納得する。
確かに。言葉では認めないだろうけど、アラゴにはユアンが何かしているとすぐに同じことをやりたがる傾向がある。
嗜好に合う合わないは別にして、あんまり体にいいものじゃないからなぁ。
「了解」
「助かる」
ほっとしたように言うとユアンは降ろしていた手を再び口元に運んだ。
計らずともアラゴが知らないユアンの秘密を共有することになり、奇妙な高揚感が生まれる。
「匂いでバレてるんじゃねぇの?」
「これでも気をつかってるんだ。吸うときは必ず外。だからこの時期はちょっとツラかったりする」
静かに繰り返される呼吸。
ユアンが息をする度に穏やかな沈黙が空気を満たす。
流れるような仕草が違和感なく馴染んでいて、つい見蕩れてしまった。
アラゴの事を思い浮かべたのか、ユアンの口角が少し上がる。
「いつから?」
「結構前かな。仕事で考えがまとまらない時や口寂しいときに」
今はどっちなんだろう。
消えていく煙をぼんやりと眺めている表情からは読み取ることが出来ない。
何かヒントはないだろうかと見つめていると、いきなりユアンが小さく吹きだした。
「そういえば昔の同僚の話なんだが、恋人ができたら禁煙に成功したらしい」
「なになに?タバコ嫌いだったってこと?」
「いや、キスばっかりしてたらタバコ吸わなくなったって」
「だったらユアンが口寂しいときはオレが相手してやるよ」
「それはいいアイデアだな」
ふざけてキスをするように唇を尖らせると、ユアンが笑いながらタバコの火を消した。
携帯灰皿を持ち歩いてるのがなんともユアンらしい。
そんなことを考えているとゆっくりとユアンの顔が近づき、一瞬で遠ざかる。
頬に残る柔らかい感触。
「そのうち唇も借りるかもな」
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