タバコ



いつの間にか部屋から姿を消していた刑事さんを探し、歩き回っているうちに屋上まで来てしまった。
勝手にふらふらするのは本当にやめてほしい。
ドアを開けると強い風に押されて一瞬視界を奪われる。
目を開けると赤髪の男が咥えタバコでこちらを振り返えるのがちょうど見えた。

「……どうしたの悪魔くん」

会いたい相手は見つからないのに、会いたくない相手だけは見つかるというこの状況が不愉快でしょうがない。
不思議そうに尋ねられた声は意図的に聞こえない振りをした。
相手をするだけ時間の無駄だ。
ざっと周囲を見渡して刑事さんの姿がないことを確認する。
次に向かう場所を考えながら踵を返した瞬間、風向きが変わって煙がこっちに流れてきた。

「ああ、悪いな」

慣れない匂いに顔を顰めた僕に男は反射的に謝った。
ポケットから灰皿を取り出して蓋を開ける。

「子どもの前で吸うもんじゃなかった」

含みのなさが逆に苛立たしい。
挑発でも何でもなく、本気でこいつが僕を子どもと見做しているのが嫌でも伝わってくる。
早足で距離を詰め、男の手からまだ火がついているタバコを奪い取った。
口に咥えて大きく息を吸う。

「――っ!?げほげほげほっ!」
「おい、悪魔くん!?」

考えていた以上の味と匂いに咽返る僕に男が驚く。
慌てた様子で背中をさすろうと伸ばされた手を必死に跳ね除けた。

「あー…もう、無理すんなって…」

一歩距離をとり、呆れたように見下ろしてくる視線。
悔しい。こんなはずじゃなかったのに。

「げほっ…う…はぁ…」

咳が止まらなくて苦しい。
涙が滲んでくる。

「人のもの勝手に取るからだぞ」
「…とられるっ、隙があるほうが、悪いんだろ…!けほっ」
「ふぅん」

バカにしているんじゃないかのかと思えるほどの正論で諭され情けなさが募る。
せめてもの意地で返すと、男は体を折り曲げた僕の前にわざわざしゃがんで下から覗きあげてきた。
何をする気だ。
咳き込んだ息苦しさに動けずにいると、男の顔が急に近づいてきた。
避ける余裕もなく唇がぶつかり、何かを押し込まれる。

「じゃあコレも隙がある方が悪いってことで」

離れながら囁かれた言葉。
信じられない。
今、この男は何をした?

「口直しにやるよ」

頭をぽんぽんと二回叩いて去っていく。
舌の上に広がる甘い味。
ひらひらと手を振る後姿に、聞こえないと知りつつ口に出す。

「……刑事さんに言いつけてやる」