ひもぱん



「刑事さん」

嫌な声を聞いた。
折角の休日だってのに家を出たところで呼びとめられるなんて。
振り向いた先には案の定満面の笑みのセスが立っている

「さあ、買い物に行きましょうか」
「は?」
「誰がランジェリーショップで一人芝居してる刑事さんの痴態をフォローしたと思ってるんですか。潜入捜査のためって誤魔化したんですから紐パンの一着くらい持ってないとおかしいでしょう」

理路整然という様子で話している内容はいまいち納得できないが、反論の根拠が思いつかない。
いきなり誤解は解いておきましたから言われて素直に感謝してたのが間違いだったんだろうか。
だいたいセスはリオたちに何て言ったんだ。

「そういうもんか…?」
「そういうもんです」

断言するセス。
それでも信じ切れずに悩んでいると焦れたセスに手を引かれて前に重心がずれ、ついそのまま歩き出してしまった。
不運にも今日に限って信号はすべて青。
止まるキッカケを見つけられないまま、気がついたらこの間来たばかりの店の前にいた。
躊躇うことなくセスが中に入り、手を繋いだままのオレも続いた。

「刑事さんどれがいいです?」
「オレが選ぶのか!?」
「刑事さんが穿くんだからせめて刑事さんの好みにあったものがいいでしょう?それとも僕の好みで選んでいいんですか?」
「オレが選ぶ!」

セスの野郎、ごゆっくりなんて言った割に後ろを着いてきやがっていちいちコメントをつけてくる。
そのせいで一番マシなヤツを見つけたときには、オレはもうひたすら疲れ果てていた。

「あ、それにするんですか」
「何だよ。文句あるのか」
「いいえ。では試着しましょうか」
「試着!?」
「リオさんたちに穿き心地を聞かれないとも限らないでしょう?買ったら一度くらいは穿いてみないと。そして服を買うなら試着するのが当然です」

理屈自体は合っている気がするんだけど何でこんなに怪しいんだ。
セスだからか。

「そういうもんか…?」
「そういうもんです」

せめてもの抵抗として聞いてみるがやはり即答された。
諦めて試着室に入り、見たこともないような際どい下着に足を通す。カーテンの向こうから声をかけられた。

「刑事さん。ここの店、試着はダメだったらしいです。確認不足のお詫びに会計は済ませておきました」
「は?」

試着室があるんだから試着がダメなはずないだろう。

「あと僕用事を思い出したんで時間がもうありません。とりあえずそのまま服を着てください」

急いでくださいとせかされて考える間もなく服装を整える。
試着室を出た途端に手を掴まれた。

「走りますよ!」
「おい!?」




そして帰宅。
そして現在。
即ちシャツと紐パンのみでベッドに押し倒されている現在。
初めて紐パンなんてもので走らされ、いつも以上に息が切れている。
紐パンって何だ。あれ擦れてマズイ。走る下着じゃねぇ。

「なぁ、セス。何かおかしくないか?」
「あれ、やっと気づきましたか?」
「どこからが嘘だ」
「リオさんたちの誤解を僕が解いたというところからですね」
「最初より前じゃねぇか!」
「いいじゃないですか。ドキドキしたでしょう?」

全く罪悪感のない声で言われ力が抜ける。
ああ、もういいや。
こいつを怒るのは後にしよう。
まずは。

「責任とれよ」
「もちろんです」