アラセス@軽食堂



「コーヒー」
「コーヒーですね。はいどうぞ。お会計はあちらでお願いします」

軽食堂の前を通りかかったらちょうどあいつの声が耳に入ってきた。
アルバイトとはいえ接客も板についたものでスラスラとよどみなく注文を捌く。
こういうところは本当にそつなくこなすヤツだ。
婦警に囲まれていないのが珍しく、折角だから寄ってみることにした。

「コーヒー。…と、チョコバー」
「コーヒーは少々お待ちください。それと生憎ですがチョコバーは置いていません」

普段の嘘くさい笑顔とはまた別の営業スマイル。

「置いてないのかよ!」
「いつも自分で持ってるじゃないですか」
「ちょうど今手持ちがなくなったんだよ。刑事部屋に帰ればあるけど。でもコーヒーにはチョコバー要るだろ」
「刑事部屋に帰ればいいじゃないですか。それくらいも我慢できないんですか」

呆れたような声で言われてイライラした。
んなわけないだろ。
ガキじゃないんだし、それぐらい我慢できる。
オレが言いたいのはそういうことじゃない。

「そしたらコーヒーをデスクに持っていかないといけねぇだろ」
「持っていけばいいじゃないですか」

当然のような声で言われて更にイライラが募る。
わかんねぇヤツだな。
いつもはウザいくらいに先回りしてくるくせに。

「そしたらここでコーヒー飲めねぇだろうが」
「……ここで飲みたいんですか?」

驚いたような声で言われて。
鉄壁の愛想笑いを崩せたのは気分がいいが、そう言われるとなんだか――

「…違えよ。」

あ、なんか耳が痒い
つい右手で押さえると、セスが何とも言い難い表情をしながらトレーを差し出してきた。

「コーヒー、お待たせしました。」

何故か片手で持てるはずの、たった一杯のコーヒーがわざわざトレーに乗っている。
妙な気恥しさを感じ、セスの顔をまともに見れなくなったオレがこれ幸いと視線を下げると、カップの横には見覚えのある袋が添えてあった。

「置いてないんじゃなかったのかよ」
「サービスです」
「…じゃあここで飲んでいく」
「かしこまりました。コーヒーの代金はあちらで。チョコバーの代金は後程直接いただきに伺いますので」
「サービスじゃないのかよ!」
「サービスですよ。メニューにないものを出してさしあげるんです。その分高いですから、覚悟しておいてくださいね?」
「はぁ!?じゃあいらねぇ!」

刑事部屋に帰ればいくらでもあるんだから、いちいち高い金払えるか。
トレーのチョコバーを手に取ると、一瞬でセスに奪われた。

「こっちは――」

返品だと続けようとしたオレの口に手際よく開封されたチョコバーが突っこまれる。

「食べましたね?」

食べさせられたんだ。
しかも無理やり。
それでも、嘘くさい笑顔でも営業スマイルでも出せない楽しそうな声で言われて、今日のところは負けといてやるかと思ってしまった。

「しょうがねぇな。ま、高くはないか」

その顔が見れるなら。
こっそり耳元で付け加えてトレーを手に取る。
会計を済ませながら横目で見ると真っ赤になったセスが見えた。
あんなオマケがつくならむしろ安いもんだ。
愉快な気分でフロアを歩く。

さて、どこに座るかな。