夏祭り



賑やかな囃子が響いている。人のざわめき。セミの声。和太鼓の音に心が躍る。
時計を見ると約束の時間を少し回っていた。
アラゴの腕を引きながら慣れない草履で足を急がせる。
集合場所では浴衣姿の見知った顔がすでに二人で待っていた。

「すまない、遅れた」
「お、やっと来たか」
「オレがユアンを巻き込んだんだ!ゴメン!」
「いやいや、オレはいつものことだからいいけど。それよりアッチ。お前がフォローしろよ」

神妙な顔で謝るアラゴにオズが軽い調子で答える。
示された方に目を向けると、先に来ていたもう一人、黒髪の少年が不機嫌そうにこちらを睨んでいた。
アラゴが慌てて駆け寄る。

「セス!」
「アラゴさん。遅刻です」
「ホントわりぃ!」
「あなた方を待っている間にこの男からされた仕打ちの数々。アラゴさんに責任とってもらいますから」
「オズ!てめぇ、セスに何しやがった!?」

静かに怒りを孕んだ声で告げられた内容に、アラゴがオズから庇うようにセス君を抱え込む。
セス君にとってはアラゴがここまで反応するのは予想外だったのだろう。
アラゴから見えない角度だからと油断したのか、嬉しそうに頬を染めてこっそり笑っていた。
冗談ですというセス君の一言でアラゴが落ち着くと、ようやく本来の目的に向けて動き出すことにした。

「じゃあ行くか」
「そうだな」

このあたりでは比較的有名な花火大会。
オズがとっておきの穴場を教えてくれるらしい。
足を進めるごとに賑やかな空気が濃くなる。
生ぬるい風が袂を抜けた。
夏の祭りだ。





小さな子どもは親に手を引かれながら、もっと小さな子どもは抱かれたまま、興味津々に周りの風景に目を奪われている。
自分にもあんな時代があったなと思いながら歩いているとオズが隣から一歩分距離を縮めてきた。
何かの拍子に肩が触れそうなくらい近い。

「ユアンそれ一口」
「ほら」

催促されて右手に持っていたリンゴ飴を右に傾ける。
しゃくりとオズが齧りついた。

「……意外と甘いな」
「外側だけ食べただろ」

普段は少し抵抗のある歩き食いも今日はあまり気にならない。
それどころか気分を盛り上げてくれる材料の一つだ。

「そっちも一口」
「ん」

左手に持っていたわた飴を同じように右に傾ける。
またオズが齧りついた。

「うまい。けど、口のまわりベトベトだ」
「食べ方が下手なんだよ」

かもな、と笑ってオズが自分の唇を舐めた。
歩いているうちにいつの間にかどんどん増えていくお祭り独特の食べ物。
交互にオレとオズの腹に納まっていく。

「アラゴのチョコバージャンキーほどじゃないにしろ、お前も結構甘いもん好きだよな」
「まぁ、嫌いではないな」
「それでも折角の祭りで食うにしちゃ、こういうのじゃ腹にたまんなくねぇか?」
「アラゴがオレの分まで買ってくるんだよ」
「ああ……」
「だからいつもはともかく、今日はお前がちょこちょこ食べてくれて助かってる。」
「ははは!」
「ユアン!かき氷あったぞー!」

噂をすればとでも言うようにアラゴがセス君と一緒に戻ってきた。
会場に着いた時からあちこち飛び回りたそうにしていたアラゴは、オズから屋台が途切れるところまでは今歩いている道をまっすぐ行くだけだと教えられると、早々にセス君を連れて走り出してしまった。

「はい、ユアンの分。オズも味見していいからな!じゃあまたチョコバー探しに行ってくる!行くぞセス!」
「あ!もうアラゴさん待ってください…!」

赤いシロップが掛かったかき氷をオレに渡すと、跳ね返るように去っていく。
あまりの慌ただしさに、渡されるままに受け取り背中を見送るしかできなかった。

「…食べるか?」
「もちろん」

視線を向けるとオズは呆れたような笑い顔を隠そうともしないまま大きく頷いた。
さすがにこれは傾けて一口齧るというわけにはいかず、容器ごと渡そうとしたところでオズも両手が塞がっていることに気づいた。
焼きそばにクレープ。片方はオレが持ちきれずにオズに受け取ってもらったものだ。
オズも同時に気づいたらしく、間の抜けた沈黙のあと苦笑を交わす。
持ち物を交換しようとオレが提案する前にオズが足を止めて少し屈んだ。

「ユアン、あーん」
「ばっ…かじゃないのか!?」
「おぉ、顏赤くして。もしかして、こういうのツボだった?」

意外そうな顔をした後、口角を上げてオズがからかってくる。

「場所を考えろ」
「ふーん、じゃあ場所を変えれば、あーんってやってくれるわけ?」

それは、まあ。
反射的に返しそうになった言葉を呑み込む。
そんなこと言えるわけもなく答えに詰まっていると、最高のタイミングでアラゴの声がした。

「ユアンー!惜しいのがあった!チョコバナナー!」

オズは何事もなかったかのように体勢を戻し、オレの代わりにアラゴから串を受け取る。
アラゴの後姿が完全に人混みに紛れるのを見届けるとオズがオレの耳元に顔を寄せてきた。

「ま、さっきから十分やってもらってるからいいけど」

楽しそうなオズとは反対に心当たりの無さに眉をひそめる。
オズがアラゴから受け取ったチョコバナナをオレに持たせ、そのまま一口齧った。
なんて性質の悪い笑顔。

「その様子だと自覚無かったみたいだな」