靴箱に向かう途中でポケットに入れていたケータイが震えた。
取りだしてみると新しいメールが届いていることを知らせるマーク。
書かれている内容に緩む頬を押さえながら来たばかりの廊下を戻る。
ちょうど特別棟の一階で目的の人物を見つけることができた。
「アラゴさん」
「セス!」
「勉強会じゃなかったんですか?」
「中止、てか日程変更?とにかく今日はナシ」
「そうなんですか」
「とりあえずコッチ」
なぜかアラゴさんは僕の手を掴むと近くの空き教室に入った。
内側から鍵を閉めて、廊下から見えないように体を低くする。
押さえるように肩を組まれて僕もしゃがんだ。
怪しすぎる。
「……本当に中止なんですか?」
そわそわと生徒会室がある方向を見上げているアラゴさんに尋ねると、小さくなっていた体がビクリと跳ねた。
「本当だって!オズが良いって言ったんだし!ユアンも、ええとユアンも」
続ける言葉が見つからないのか口を開いたり閉じたりしている。
少し可哀想になり、先ほど届いたメールの中身を教えてあげることにした。
「ふふっ、分かってますよ。ユアンさんからさっき『アラゴの勉強頼む』って連絡もらいましたから」
「……はぁー…マジか…」
見る見るうちにアラゴさんの緊張が解けていく。
僕の肩に置いていた手にぐったりと頭を重ねた。
「ですからこの後は遊びにいくんじゃなくて、僕の家で勉強ですからね」
「了解」
僕の家に着くとアラゴさんはすぐにノートと教科書を広げだした。
さすがに逃げ出した罪悪感があるらしい。
どうせやることに変わりがないなら、素直にユアンさんに見てもらえばいいのに。
前にそう言ったら一緒にやる相手次第でやる気が変わるだろと怒られた。
ユアンさんに張り合おうとするのは悪いクセだなと思いながら僕も自分の勉強を始める。
静かな部屋の中にペンが紙の上を走る音だけが響く。
不意に視線を感じて顔を上げた。
「……何かついてますか?」
「いいや」
否定する言葉とは反対にアラゴさんが僕の頬に手を伸ばしてくる。
人差し指が何かを描くように僕の頬をなぞった。
いきなりの接触に驚いていると、アラゴさんは戻した自分の指を不思議そうに眺めている。
「あの…どうしたんですか…?」
「わ、わりぃ!」
口早に生徒会室でのやり取りを聞かされ、ユアンさんの意外な一面に驚いた。
あの人にも独占欲なんてあるんだ。
それにしても相手があの男だなんて、男の趣味だけは悪いな。
自分が落とした爆弾に気付いていないらしく、アラゴさんはユアンの珍しい顔を見れたと面白そうに笑っている。
ユアンさんも気の毒に。
「名前なんて書かなくても僕はアラゴさんのものですよ。もちろん逆もそうですけどね」
にっこりと笑顔を作るとアラゴさんの笑い声が止まる。
こういうところは本当に可愛い人だな。
真っ赤になっていく様を隠そうと顔を覆った手の甲に、指でゆっくりと書いた。
『セス』
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