一人旅時代のツンケンしたアラゴちゃんを幸せに
パッチマンを探して辿り着いた街。
その外れの廃墟にバケモノが出るという噂を聞き、夜を待って忍び込んだけど結局は今回もハズレ。
調査終了の合図代わりに瓦礫を蹴後ばして最後の部屋を出た。
今夜の宿はどうするかな。いっそココで寝るか。ああ、でもメシ。やっぱり一度真ん中の方に戻るか。
溜息を吐きながら廊下を進むと、足に何かが当たる感触がした。
「……ブローチ?」
拾い上げてみると、荒れ果てた建物に似つかわしくない真新しい装飾品。
近所のガキが肝試しにでも来て落したのだろうか。
警察に届けに――行くのはイヤだなぁ。あいつらには極力関わりたくない。
せめて建物の入り口に置いといてやるか。こいつの運が良ければ見つけてもらえるだろう。
手の中で転がしながらギシギシと軋む階段をおりていくと、下の方から同じような音が聞こえてきた。
人?こんな時間に、こんな場所で?
もしかしてようやくアタリに行き着いたのかと期待と緊張に身構える。
近づいてくる足音を息をひそめて待つが、結論として警戒は無駄に終わった。
踊り場に現れたのはバケモノでも何でもなく単なる普通の一般人の女。
向こうも音でオレの存在に気付いていたらしく驚いた様子はない。
ただ視線をオレの手元に移すと嬉しそうに頬を緩めた。
「君が拾ってくれたの?それ、私のなの。ありがとう」
それから拾ってくれたお礼に一杯奢らせてほしいという申し出を断りきれず、パブに連れ込まれた。
女はオレを空いている席に座らせると、有無を言わせない早さで飲み物と料理を取りに行ってしまった。
見る見るうちにテーブルが埋めつくされる。道の途中で酒は飲めないと伝えておいて正解だった。
「本当にありがとうね。大切な人に貰った大切な物なの」
「だからもう礼はいいって」
「明日から仕事でこの街を離れるから、今日見つからなかったら諦めるしかなかったのよ」
ブローチを優しく撫でながら微笑まれると、改めて持ち主が無事見つかって良かったと思う。
そのままとりとめのない話をしながら食事を進める。
二杯目のグラスを空ける頃には並べられた皿もほとんど片付けられていた。
時間的にも頃合いだしそろそろ店を出るかと思うと、女も同じように考えたらしい。
「付き合ってくれてありがとう。家まで送るわ。どのあたりか聞いてもいい?」
「いや、オレは家は……」
予想外の質問に上手い答えが浮かばず、口の中で言葉が生まれては消えていく。
だって普通、女が送るとか言うか?
口籠るオレに女は何かに気づいたように目を少し大きくした。
「もしかして家出少年?」
「ちげぇよ!」
思いの外に声が大きくなってしまったが、女は気にした様子もなく続けてくる。
「そんなにピリピリしないで。別に警察に届けたりなんかしないから」
その言葉に一気に安心して力が抜けた。
今までも何度か同じようなことを訊かれ、その度に面倒なことになった。
警察なんて碌でもない奴らばっかりだ。
「でもあまり家族に心配かけないようにね」
「親はもういない」
「他のご家族は?」
「いるけど心配するはずねぇし」
――ユアン。
むしろ出来の悪い弟がいなくなって清々してるはずだ。
「嫌いなの?」
「……嫌いだ。許せない」
「そう、好きなのね」
「嫌いだって言ってるだろ」
嫌いになんてなりたくなかった。
だけど許せなかった。
オレがいなくなればあいつは勝手に幸せになれるだろう。
「好きだから全部嫌いになる前に離れたのね。賢い子」
「そんなんじゃねぇ」
本当にそんなんじゃないんだ。
ただオレはユアンがオレと違う道を選んだのが受け入れられなかっただけで。
オレが選べなかった道を選んだのが認められなかっただけで。
黙り込んだオレにちょっと待っててと言い残し、女は席を立った。
「ただいま」
戻ってきた女の手には新しい二つのグラス。
片方をオレの前に置くと、残りを自分で飲む。
「美味しい。お酒だけど、騙されたと思って一口飲んでみなさい?」
グラスを差し出され少し悩んだが、飲めないと言うのも癪なので渋々口へ運ぶ。
「うわ!?」
喉が焼けつくような熱。
味なんて全く分からない。
咽そうになるのを何とかやり過ごしグラスを返す。
「飲んだ?飲んだわね?これで君は酔っ払いよ」
女は受け取ったグラスの中身を一気に呷った。
信じらんねぇ。
「もちろん私も酔っ払い。明日になったら全部忘れちゃうわ。旅先で出逢った行き擦りの女になら、ちょっとくらい愚痴をこぼすのも偶にはいいんじゃない?」
「……なぁ、何であんた、こんなにオレに構うんだ?」
自意識過剰と思われそうで優しくしてくれるんだとは訊けなかった。
女は頬杖をついて顔を少し傾ける。
「んー、もちろんお礼が一番なんだけど、他に理由をあげるなら君が少し弟に似てるからかな?」
「……弟」
弟。兄。
会いたい。
けど、まだ会えない。
言葉に詰まっていると、こちらに駆け寄ってくる足音があった。
「エドナ姉!こんなところにいたんですか!」
「遅いわよ」
「勝手に動いて何言ってるんです」
パブに入れるかどうかギリギリの年齢に見えるガキ。
女は悪びれない表情で立ち上がりオレの方に向き直る。
「ごめんね、迎えが来ちゃった。愚痴はまた今度聞いてあげる」
それまで元気でねとふわりと頭を撫でられた。
最後に残された彼女の言葉に泣きたくなる。
「あなたの旅が良い終わりを迎えられますように」
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