イエスと答えたオレは、それ以来聖守護隊に相応しい力を身に着けるため、ひたすら鍛えられた。
最初は護身術。次に武器の扱い方や格闘技。
フォーマルな場での立ち居振る舞いや詩や古典なんかも叩き込まれた。
パッチマンを倒すのにそんなの要らないって言っても、聖守護隊としての最低限の教養だと許してもらえなかった。
下手すりゃ、いや確実に学校に通ってた頃より勉強してる。
直接のパッチマン捜索から引き離された日々はもどかしくもあったけど、ここが一番情報が集まるところなのは間違いない。
オズや千人長のおじさんのおかげでオレの事情も知られていて、何か手がかりがあればすぐに教えてくれると約束してもらった。
全てに絶望して飛び出した先にあったのは、思いもしない程に温かい世界だった。
「あ、エドナさん?うん、オレ。終わった。うん…うん…。大丈夫。問題なし。…いつものとこ?わかった。うん。え?オズ?いるよ。ちょっと待って」
半年も経つと徐々にオズについて外の任務に出ることを許され、さらにオレが慣れてくると今回のように簡単な任務は二人だけで任されるようにもなった。
滞りなく問題を処理し結果の報告を終えた直後にかかってきた電話は、オレが入隊の前からお世話になっている人からのもの。
まるで計っていたかのようなタイミングだったのは流石としか言いようがない。
「はい。エドナさんが代わってって」
無言で手のひらを素早く横に動かし、何かを主張し続けるオズに携帯を差し出す。
悪い、オレもエドナさんには逆らいたくない。
軽く手を振って催促すると、オズは諦めたように渋々受け取った。
「……姐さん?」
『―――!―――』
「だから大丈夫だって!アラゴも言ってただろ!?ケガも無茶もしてません!」
『―!?――!』
「わかってる!…はいはい!…え?もういるの!?」
オズが電話の向こうに呼びかけた途端、かなりの音量で向こうの声が漏れ出してくる。
内容こそ聞き取れないものの、激しいやりとりが行われているようだ。
みんなと一杯やろうってだけで何でそんなにもめるんだか。
呆れているうちに何だかんだで話が纏まったらしく、結局予定通りの店に集まることになった。
だったら最初から素直に聞いとけばいいのに。
今回エドナさんとチームを組んでいたケビンも合流し、四人でテーブルを囲む。
一通り食べて飲んで落ち着くと、エドナさんから次の任務内容を告げられた。
「ええぇー…。もうオレたち働き過ぎじゃねぇ!?そろそろ一回ホームに帰られてくれよ…!」
「人手不足なの」
「わかってるけどさぁー」
「ワガママ言わない。っていうかあんたがワガママ言うからこんなことになってるんだからね。男なら責任取りなさい」
不貞腐れるオズの髪をエドナさんが少し乱暴に掻き混ぜる。
オズはちらりとオレを見ると溜息を吐いて了解と答えた。
エドナさんから伝えられた次の任務はロンドンのダウンタウンにある廃墟の調査。
オズと二人で手分けして確認したが結局何も見つからなかった。
一つだけいつもと違ったのは途中で高校生の二人組に会って追い返したくらいか。
ガキが面白半分でこんなところに来てんじゃねぇっての。
自分の担当範囲を一周して合流場所に戻るとオズは既にそこで待っていた。
「今回もハズレっぽいな」
「いや、ここはかなりマズイ。一旦ホテルに帰るぞ」
いつになく真剣な様子で言われ、緩みかけていた緊張が一気に高まる。
ホテルに戻るとすぐにオズは携帯を取り出した。
「今から少し長い話するけど、ここで待ってろよ?」
オズはオレをベッドに座らせると正面に膝をつき、真っ直ぐに目を合せてきた。
オレのためを想って言ってくれているのが痛いほど伝わってくる。
「お前、くれぐれも!絶対に!絶対に!!一人で先走るなよ!」
即答できなかったせいで、人差し指を胸に突き付けられこれでもかと言うほどしつこく念押しされた。
さすがオズ。オレの性格をよく理解してる。
「………わかってる」
頷き、立ち上がったオレの手をオズが掴んだ。
「どこ行くんだ」
「…水くらい取りに行っていいだろ?電話、早くしろよ。あんまり待てねぇから」
意図的に抑えた声で告げるとオズは迷った末にオレを解放した。
納得はしてなさそうだが、これ以上オレと言い争ってる余裕もないってところだろう。
オズが携帯を操作し会話を始めるのを確認して、オレは部屋を抜け出した。
「……いよいよ愛想尽かされたかな」
嘘吐いてごめん。危ないことはしない。だけどただじっとしていられる訳もない。
だってあれだけオズが必死になるってことは、いよいよアタリを引き当てた可能性が高いってことだろ?
ほんの少し様子を見るだけだと決めて再び一人で廃墟を訪れた。
オズが調べたフロアを見て回るが特に変わったことは無いように思える。
ヒビの入ったコンクリートの床と落書きだらけの壁。
オズは何を見つけたんだろう。
部屋の中央で立ち止まり考えていると、砂利を踏む小さな音が耳をついた。
振り返った途端、殴り掛かられて構えた銃を弾き飛ばされる。
「っ!?」
反撃の為に蹴り上げた足は軽く止められた。
瞬間、目に飛び込んでくる右手の傷。
苦い記憶が頭を過ぎり、気を取られた隙に押し倒された。
皮肉にもそのおかげで襲撃者の姿をハッキリと捉えることができるようにる。
――鏡?いや、形を写す妖精?
そんなわけない。
わかっている。
「アラゴ……」
名前を呼ばれ、オレは目の前の現実を受け入れた。
オレに圧し掛かり押さえつけている男。
家を出てから一度だって忘れたことのないオレの半身。
「ユアン」
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