猫を追いかけて迷子になるセス(セス+オズ)
全てが終わり、落ち着いてから再び始めたボランティア。
帰り道に路地裏で何かが動く気配を感じて目を向けると、小さな黒猫が座っていた。
首輪を付けてないから恐らく野良。そのわりに綺麗な毛並みだ。
軽食堂でお土産にもらったサンドイッチでもあげたら喜ぶかな。
一歩近づいて様子を見る。
逃げない。大丈夫かな?触らせてくれるかな?
もう一歩。黒猫は少し重心を上げて警戒を見せたけど、まだ動かない。
大丈夫そうだ。
そっとカバンに手を入れると、首を伸ばしてこちらの様子を伺いだした。
興味を持ってくれたのが嬉しくて、うっかり紙袋を出す時に大きな音を立ててしまった。
驚いた黒猫が弾かれたように体を起こす。
「あっ、待って!」
走り出した背中を慌てて追いかける。
何度か見失いそうになりながらもギリギリでついていくと、いくつか角を曲がったところで黒猫が足を止めた。
ほっとした途端に、黒猫は積み上げられている荷物にトントンと跳び上がり、そのまま壁の向こうに消えてしまった。
あーあ、行っちゃった。
「驚かせてごめんね」
また会えるといいなと思いながら、来た方向に足を戻す。
念のため場所を覚えておこう。
改めて顔を上げて周りを見ると、見慣れない景色が広がっていることに気づいた。
夢中になっているうちに変な道を通っていたらしい。
「……もしかして、迷った?」
まさか。
走った距離から考えても元の場所からそう遠くには来ていないはず。
夜で周りが暗いから、いつもと様子が違って分かりにくいだけだ。
大通りに出ればどこまで来てしまったのかも分かるだろう。
明かりを頼りに道を進むが、なかなか通りに出ない。
「……おかしいな」
「あれ、悪魔くん?」
思わず漏れた独り言に、予想外のところから反応が来た。
嫌な声を聞いた。
振り返らなくても察しがつく特徴的な呼び方。
眉が寄るの自覚する。
「珍しいな。どうしたんだ?」
暗がりから現れたのは、予想通りの人物。
目障りな赤い髪を揺らしながら歩いてくる。
「もしかして迷った?なんてな」
こちらが無視したところで、へらへらと笑いながら勝手に続けてくる。
早くここから去ろうと一歩踏み出したタイミングで、遠くから猫の鳴き声が聞こえてきた。
反射的にそちらに顔を向ける。
「……一応聞くけど、『猫を追いかけてきて』なんてことはないよな?」
言い辛そうに僕に向けて発せられる言葉。
しまった。
こいつの存在を忘れていた。
「……何か文句でもあるの?」
「本当にそれだけでこんな裏道まで来たのか?」
「お前には関係ないだろう」
「大有りだ。……ここまで無用心だとマズイな。アラゴに言っとくか」
「刑事さんにも関係ないだろ!」
「本気でそう思ってるのか?」
関係無い。
だけど、刑事さんはそう思ってないだろう。
うぬぼれでは無く客観的な事実として知っている。
あの人はそういう人だ。
「……知らなければ問題ない」
「オレが知らせる」
平然と告げられた言葉に心臓が跳ね上がった。
「ここで会ったのがオレじゃなくて、お前に危害を加えようとするような奴だったらどうするつもりだったんだ」
「自分でどうにかする」
「オルクの種も無いのに?」
「そうだ」
答えた瞬間、壁に叩きつけられた。
いきなりの事に衝撃を逃がせず、息が詰まる。
背中が痛い。
「大人の男の力を甘く見るなよ」
「――っ!」
息が掛かるぐらいに顔が近づく。
いつものふざけた様子とは正反対の真剣な声。
首に手を掛けられる。
苦しさに僕の目に生理的な涙が浮かんできたのを見て、男は慌てて力を緩めた。
「おい、悪魔くん!?わりぃ、やりすぎた!大丈夫か!?」
「っ…はな、せ・・・!」
何とか言葉にすると男はすぐに離れた。
自分の頭に手を当てながら、ため息を吐く。
「……お前のことが心配なんだよ。オレも、アラゴも」
「余計なお世話だ」
「わかってるよ」
「だったら」
「それでもだ。お前が子ども扱いされるのが嫌いなのは分かってるけど、心配くらいはさせてくれ」
「うるさい」
「悪いな、性分だ。大通りまで案内するからついてこい」
断わっても引き下がらないのは容易に予想がつくが、イエスの返事はしたくない。
結果として黙り込んでしまった僕に、男が更に続けた。
「どうする?自分で歩かないなら担いで連れていくぞ。もしくはアラゴをここに呼ぶけど」
「……最っ悪」
なんて事を言うんだ。
刑事さんまで出てきたら今以上に面倒なことになるのは分かっている。
提示された内容に選択の余地なんて無かった。
「早く歩け」
「はいはい。了解」
男が僕の頭をポンポンと軽く叩いてから後ろを向く。
悔しさと恥ずかしさで赤くなった顔が治まるまで男が振り返らないように願いながら、僕もゆっくり歩き出した。
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