飲み物で咽るセス



閉店時間をとっくに過ぎた軽食堂。
キッチンでコーヒーを淹れる練習をしていると、ふいにに知った気配を感じた。
顔を上げると入り口のガラス扉の向こうで見慣れた姿がしゃがみこんでいる
妙に落ち込んでいるように見えて、ついドアを開けてしまった。

「刑事さん。どうしたんですか?」
「……コーヒー」

『Closed』の札を指差しながら刑事さんが恨めしげな声を出す。
一言だけなのに非常に分かりやすい答えだ。
そういえば今日はお昼にも夕方にも来なかったな。

「残念でしたね」
「しょうがねぇから外行って買ってくる」
「あ、待ってください」

立ち上がる刑事さんの袖を掴んで引き止める。
ドアの隙間から顔を出して左右を確認する。
幸い周囲に人通りは無かった。

「中、入っていいですよ」

手で合図して刑事さんを招きいれ、入り口のブラインドを下げる。
これで外からは見えない。
そのままカウンターに近いテーブルに案内した。

「はい、どうぞ」
「おお!サンキュー!」

淹れたてのコーヒーを持ってくると、刑事さんは一瞬で顔を綻ばせる。
両手で紙コップを受け取り、嬉しそうに口をつけた。

「それにしても、お前何でこんな時間まで残ってたんだ?」

睨んでくる刑事さんに笑顔だけを返す。
素直に何を企んでるんだって言えばいいのに。
自分の分のコーヒーををテーブルに置き、刑事さんの隣のイスに腰を下ろした。

「残って練習をしたいってお願いしたら、カギをお借りできたんです」
「ボランティアなのにか?」
「はい。普段の行いのおかげですね。それなりの信用はありますから」
「みんな騙されてやがる…」
「そんなこと言っていいんですか?返してもらいますよ?」
「……セス君は勉強熱心で偉いデスネ」

白々しい。
それでも刑事さんにしては頑張ったほうかと思い、話題を元に戻す。

「この時間だと僕が居て一番不自然じゃないのが軽食堂なんですよ」
「そうか?」
「グレイミュージアムにお邪魔してもよかったんですが……」

刑事さんの反応をみるために一呼吸待つ。
嫌そうな顔をするんだろうなぁ。
なんて返そう。
刑事さんは不思議そうに僕を見た。

「なんだ。来れば良かったのに」
「っ!?」

予想外の返事に、コーヒーを飲み込み損ねる。
喉が熱い。
気管に入って苦しい。

「げほっ!っげほげほっ!」
「おい!?大丈夫か!?」
「だい、じょうぶ、です」
「気をつけろよ……」

呆れたように刑事さんが僕の背中を撫でる。
何度か手が往復すると、ようやく少し落ち着いてきた。

「刑事さんが変なこと言うからです。いきなりどうしたんですか」
「は?オレのせいかよ」
「まさか僕がいなくて寂しかったなんて言い出しませんよね?」
「な!違ぇ!!今日はジョーさんと棚一つ大掃除したから、お前がいれば楽だったのにって!それだけだ!!」
「ああ、そういうことでしたか。驚きました」
「こっちのセリフだ」

不貞腐れたような声。
刑事さんが残りのコーヒーを一気に飲み干す。
空になった紙コップをクシャっと握りつぶすと、椅子から立ち上がった。

「じゃあオレ行くから。コーヒー、サンキュ」
「待ってください。僕も行きます」
「何だよ。オレがいなくなって寂しいなんて言い出すんじゃねぇよな」

さっきと同じように引き留める。
刑事さんは座ったままの僕を見下ろしながら、仕返しとばかりに僕が言ったままの言葉を返してきた。
子どもじゃないんだから妙なところで張り合わないで欲しい。

「違いますよ。棚一つってことはまだ残ってるんでしょう?」
「ああ、大掃除の話か。残ってるけど、それはまた明日やる予定」
「手伝ってあげます」
「え?」
「監視するには場所が近いほうがいいんですよ。それに資料にも興味がありますし」
「……邪魔したら追い出すからな」
「はい」

遠回しに与えられる了承。
今はそれで充分だ。

「あ、あとグレイミュージアムについたらコーヒーのお礼頂きますから」
「はぁ!?」

楽しみにしてますねと刑事さんの頬に唇をあてる。
顔を真っ赤にして焦る姿が可愛い。
早く二人きりになりたいなと思いながら、僕は出しっぱなしのコーヒー豆を片付けるためキッチンに走った。