810の日




「ただいま」

ドアを開けて適当に叫ぶ。
奥からおかえりという声が返ってきた。
今日はそっちかと思いながら廊下を歩く。
リビングに足を入れた瞬間、ソファー越しに振り返ったユアンの目が驚きに開かれた。
弾かれるように立ち上がり、こちらに駆け寄ってくる。

「アラゴ!どうしたんだよ!」
「ケンカした」
「またか!ああ、もうほら早く脱いで」

ユアンが怒りながらオレの袖と襟に手を伸ばす。
一人で脱げるのに。
テキパキと脱がされた服を丸めて押し付けられた。

「自分で洗濯機に持っていけよ」
「はーい」
「ちゃんと手当しろよ?」
「この位、ほっとけば治るって」
「ならオレが手当てする」
「…自分でやる」
「そう」

泥で汚れたシャツを洗濯機に放り込んでから戻る。
いつの間にかテーブルの上に救急箱が置かれていた。
用意のいいことだ。
ユアンの隣に腰を下す。

「自分でやるって言っただろ」
「聞いた。ほら、手かして」

左手を差し出され、反射的に従ってしまった。
腕を掴まれ、固定される。

「アラゴがケガするとオレも痛いんだからなー」

気を付けてくれよとユアンが擦りむいたところに消毒液をつけていく。
眉一つ動かさずに大ウソ吐きやがって。

「そっかー。そうだよなー。悪かったなー」

そっちがそうくるなら。
謝りながら自分の腕をつねってみる。
それを見たユアンが一拍置いて声をあげた。

「イタっ!」

反応が面白かったのでもう一度。

「イタタっ!」

目をぎゅーっと瞑って、わざとらしい事この上ない。
今度はユアンの腕をつねる。
少し強めに力を込めた。

「ちょ、アラゴ!痛い痛い!」
「はははっ」

ユアンが慌ててやめろと訴えてくる。
思わず声を出して笑ってしまった。
いつの間にか苛立った気持ちがキレイに消えている。
これだから敵わない。

「もう。大人しくしてろよな。――はい、おしまい」

仕上げとばかりに傷口を叩かれる。

「痛っ!」
「あ、ごめん」

目があった瞬間、ユアンが堪えきれないという様子でふき出した。
何でもない、ある一日の終わり。