白ユア



王様から新しい仕事を命じられた時、何故それが自分に与えられたのかという疑問はなかった。
ある日突然連れて来られた、うつろな目をした男。
本来は死んでいるはずの身体を王様のブリューナクの力で生かしているのだという。
傷だらけの肌に、火傷の痕が残る頬。
薄汚れた金髪は洗えば綺麗になるだろうなと思った。

「――終わったぞ」

クロトーの研究室のドアが開き、中から二人の男が出てくる。
ブリューナクのエネルギーを補充するためだと少し長い時間外で待たされることもあるが、今日は比較的短く終わった。
仕事の内容をひとことで言うと、道具のメンテナンス。
時がくるまで王様が持ち帰った『身体』を最善の状態に保つこと。
クロトーが医療的な面からの処置に専念するためにも、日常的な世話は他の人間が担当したほうがいい。
スカーレットは女性だし、ルシアンは可能な限り王様の側に控えているべきだ。
ならば客観的に考えて、この仕事に一番適任なのは自分だと理解した。

「次は一週間後に来てくれ」
「わかった」

初めは戸惑うこともあったが、数日も経つとすぐに慣れた。
食事と排泄の世話は必要ないと王様に言われている。
これだけでも普通の怪我人等の看病よりかなり楽だ。
男を部屋に連れて帰り、いつもの作業をこなす。
筋肉が衰えないように廊下を歩かせ、関節が固くならないように何度か曲げて動かす。
皮膚が擦れている部分が無いか確認し、最後に濡らした布で身体を拭いてやる。
悪くなっているところが無いことに安心してローブを着せた。
こうしていると生きている人間と何も変わらないように見える。
コレは人なのだろうか。それとも道具なのだろうか。
王様に尋ねると好きに考えて構わないと言われ、余計に迷いが募った。

「っ!」

ベッドに戻すため手を引いた途端、ぐらりと男の身体が傾く。
考え事をしていたせいでタイミングを誤ってしまった。

「あぶないっ…!」

何とか体勢を崩して転びかけた男の身体を受け止めることができた。
布越しでもわかる常人よりも冷たい肌。
それでも、弱く静かにだが確かに動いている心臓。
呼吸が胸にかかる。
人のように思えた。
オレたちの最後の目的を果たすための重要な道具。
ただしその道具は人の形をしていて、意思を持っている。
これが人ではなくて何だというのだろう。
だからかもしれない。
いつも無駄なことだとしか思えなかった行為に、時間を割く気になってしまった。
抱きとめた体勢のまま、初めてそれに向って言葉をかける。

「――気をつけろ」

肩を持って身体を支えながら、真っ直ぐに立たせる。
ゆっくりと足を動かしベッドに座らせた。
それだけの時間が経っても返事はない。
当然だ。この男に王様が意図した以上の自由があってはいけない。
やはり無意味な行為だった。
自分の吐いた息の音が思いのほか大きくて驚く。
ただの気の迷いだ。
今後、この男に話しかけることは一切無いだろう。
全ての手順が終わり、部屋を出る。
ドアを閉める直前に視界に映ったもの。
錯覚かもしれない。
錯覚だと思いたい。
そいつはオレに向かって一瞬だけ感謝するように微笑んだ気がした。