05. Glalda

カーダと僕の運命を大きく変える出会いは、結局偶然によってもたらされた。

サイラッシュが集めてくれた情報をもとに僕たちはバンパニーズと接触を図る。説得は難しいが、一人一人話していけばきっと僕たちの話を聞いてくれる相手もいる。実際、いなければあの時カーダの計画に乗ってバンパイア・マウンテンに忍び込んでくるバンパニーズなんていないはずなんだ。だから僕は確信していた。

絶対にカーダの味方は現れる。





知らない土地の町外れ。薄暗い森の中を僕たちは息を殺しながら歩いていた。幸運にも頬に三本傷のある人間を町で見つけることに成功した僕とカーダは三日間ほどその人間の行動を見張っていたのだが、ついに今日バンパニーズの手によってその人間が郊外に攫われたのだ。バンパニーズは獲物と決めた人間の血を全て飲み干す。つまり殺す。それを知っていてバンパニーズの行動を見過ごすのはとても辛かったけど、バンパニーズが獲物を捕らえる瞬間に話しかけたりしたら、向こうは僕たちを敵としか思わないだろう。僕たちの話など聞いてくれるはずも無いしそれでは元も子もない。だからこれは必要な犠牲なんだと自分に言い聞かせ、気づかれない程度の距離をあけながら僕たちはバンパニーズの後を追った。

いた。

カーダは手だけで僕に少し下がるよう指示する。少しでもバンパニーズに警戒されないように、カーダはいつも一人でバンパニーズの説得にあたっていた。僕は無言で頷いて少し離れた茂みに隠れる。
そう僕は隠れ場所として茂みを選んだ。それが悪かったのだ。音を立てて茂みが揺れる。

ダン!

僕の目の前でカーダの体が吹き飛ばされた。
正確にはバンパニーズによってすぐ後ろの木に押し付けられていたのだけれど、僕の目にはカーダが吹き飛んだようにしか見えなかった。それくらいそいつの動きは速かった。強い、それだけを体中で感じた。

「何だぁ?今は俺の食事の真っ最中だぜぇ。デザートがわざわざやってきてくれたってかぁ?」

纏わり付くようなバンパニーズの声。獲物を甚振るのを楽しくてしょうがないという気持ちがにじみ出ている声。バンパニーズの姿が陰になっている所為でカーダの表情は見えないけど、苦しそうな呻きだけが聞こえてくる。
だがデザートという言葉からも分かるようにバンパニーズはまだカーダがバンパイアだという事には気付いていないようだ。この幸運に僕がするべきことは一つ。バンパニーズが油断した瞬間に反撃するであろうカーダに合わせて加勢する。カーダが動いてからでは遅い。僕はバンパニーズの動きにだけ集中した。

だからだろうか?


「…  ーダ?」


紫の唇から零れ落ちた名前が僕に聞こえてカーダには聞こえなかったのは。






バンパニーズの気が緩んだのは一瞬ですぐに空気は張り詰めたものに戻った。
僕は自分で自分を殴りたくなった。最高のチャンスのはずだったのに!
まだダメだ。僕だけでは勝てない。次のチャンスを待つんだ。息を殺しながら様子を見守る。
だけど、足音がもう一つ近づいて来るのが聞こえ僕は更に絶望的な気持ちになった。

「おい、グラルダー。人間だったか?」
「いや、違ったよ。」
「なんだつまんねぇの。じゃあ俺戻るわ。」
「おう。」

僕は息を呑んだ。
バンパニーズのカーダを庇うようなセリフに、では無い。

『グラルダー』

忘れるはずがない。

「カーダ!」
「ちっ、もう一人いやがったのか!」

飛び出した僕を見てグラルダーはカーダの首に当てていたナイフを更に押し付ける。

「おいガキ、こいつの命が惜しけりゃ動くなよ。」

グラルダーが低く言う。
カーダの目は俺のことはいいから逃げろと言っている。
僕は一歩踏み出した。

「話がしたい。」










グラルダーは僕を見て馬鹿にしたように哂った。

「今時のバンパイアはこんなガキを仲間にするほど人手不足なのか?」

僕は驚く。ついさっきまでグラルダーはカーダのことを人間だと思っていたはずだ。
なのにどうして僕がバンパイアだと一目で分かったんだ?

「いや待て。お前の顔、何処かで見たことがある気がするんじゃないか?」

わざとらしくを顎に手を当てて考え込むグラルダー。それでもカーダが抜け出す隙が生まれることは無い。

「思い出したよ。何だよお前、俺的人生最後の思い出の顔じゃねーか。」

この言葉で謎は一気に解けた。カーダの名前を知ってたり、僕を一発でバンパイアと見抜いたのは。つまりグラルダーは僕と同じなのだ。何故かは分からないが僕と同じように『昔』の記憶があるのだ。

カーダへのナイフはそのままに、顎に当てていた手で今度は僕の頭を掴んだ。

「へー。へぇ。へぇー。ふーん。じゃあ何?お前も戻ってきちゃってんの?タイニーの野郎にでも化かされた?」

僕の頭はパンクしそうだった。
カーダが殺されそうになったと思ったら相手はグラルダーで仲間にできると思ったら僕と同じように戻ってきているという話でその上ミスター・タイニーがどうしたって!?

ミスター・タイニー。
可能性を考えなかったわけじゃない。
本当はまたあいつに踊らされているだけなのだろうか
だけどミスター・タイニーが関わっていようといまいと関係ない。
これは僕の意思だ。

「タイニーのことは知らない。僕は死んだと思って気付いたらここにいたんだ。」

にぃと笑うグラルダーに寒気が走った。

「ふーん。そぉ。へー。じゃあどうする?俺さぁ、実は全部タイニーの野郎に聞いたんだけど」


僕の頭を引き寄せてカーダに聞こえないよう、グラルダーが囁く。

「−−−−−復讐、しちゃってもいい?」

ああ。
あの時の僕の行動を改めて思い出す。

「かまわ、ない。」

声が震えた。血の気が引くのが分かった。今、僕の顔は真っ青だろう。

「あの時僕がしたことは一人のバンパイアとして死んでも『間違ってた』なんて言えないけど、死んだけど言わないけど、でも、もっといい方法があったことは認める。」

僕の所為で大勢のバンパイアとバンパニーズが死んだ。
ゲームのように殺されたバンパニーズ達への償いに少しでもなるのなら。台無しにしてしまったカーダの夢に少しでも報いることができるなら。僕の命なんてこれっぽちも惜しくない。
ただどうしてもこれだけは言って置かなければいけない。

「でもカーダは本当に何もしてないんだ。君たちを裏切ったりなんてしてない。だから僕を殺して気が晴れたらカーダに協力してほしい。」
「ダレン!」

身を乗り出したカーダにグラルダーが慌ててナイフを引く。

「ダレンを殺すなら俺が相手だ。」

カーダは僕とグラルダーを引き離し、隠していたナイフを取り出して構えた。
思わぬ反撃にグラルダーが反射的に叫ぶ。

「バカ!危ないだろ!何考えてるんだよ、怪我したらお前が痛いだろうが!バカ野郎!あーもう本当にバカ!」

カーダと僕にはこれこそ思わぬ反撃だった。もしこれがグラルダーの作戦だったら僕たちはあっという間に物言わぬ姿になっていただろう。

「それとダレンもバーカ。タイニーの野郎に聞いたって言っただろう。全部分かってんだよ。全部お前の所為なんてことは無いだろうが!」

呆気にとられた僕とカーダはグラルダーに掴まれた手を振りほどくことさえ思いつかなかった。

「ちょっとお前ら来い!」