07. Steve

振る舞われる血と酒で喉を潤しながら改めて自己紹介を交わす。
それからは前の総会から何をしていたかとか来るまでにどんなことがあったとかの雑談になるわけだけど、話題はもちろん着いたばかりで新鮮なネタをもっている二人に集中した。

「ガブナーに聞いたんだけど、クレプスリーは今までサーカスにいたんだって?」

少し緊張しながらだけど頑張ってぎこちなくならないよう言えたと思う。
ちなみにガーブナーに聞いたというのは本当のことだ。ずっと前にガブナーと話しているときに出てきたサーカスで暮らしている蜘蛛好きの気難しいバンパイア。 すぐにクレプスリーのことだと分かった。
ミスター・トールやエブラの話が聞きたくて僕はシルク・ド・フリークの話題を出したのだが返ってきたのは意外な答えだった。

「その通りだ。もっともこの馬鹿者のせいでしばらくは立ち寄っていないがな。」

クレプスリーが不機嫌そうにスティーブを見る。

「愚かにもウルフマンの檻を開けおった。幸い被害は出なかったから良かったものの、我輩はハイバーニアスにあわせる顔がなかったぞ。」
「悪かったって言ってるじゃないか。何度も謝っただろ。」

あんなに大事になるとは思わなかったんだとスティーブが気まずそうに視線を返した。

「この件に関してはハイバーニアスが許してくれるまで我輩も貴様のことを許さんからな。」

ツンツンと音がしそうなほどわざとらしく怒るクレプスリーにカーダたちは笑っていたけど、僕はそれどころじゃなくなっていた。
ウルフマンの檻。
前は僕が犯してしまった罪だ。 だけど、思わぬ朗報に胸がドキドキと高鳴る。 『被害は出ていない』 とクレプスリーはそう言った。 それはつまり何も壊れていなくて、誰も傷ついていなくて、何より誰も死んでいないということに違いない。
なんだ。よかった。サムは死んでない。
運命は変わる、運命は変えられるのだ。 希望が湧いてくる、と同時に根拠が無いからこそがむしゃらにやるしかなかった分の力が抜けてテーブルに崩れ落ちそうになる。
まさか話をつなげるだけでこんなに気力と体力をつかうなんて。

「へ、へぇ。寝るところを失ったら大変じゃないか。どうしてたの?」
「別に。適当な廃墟で適当に暮らしてたぜ。俺に気を使ってんのかおっさんが『たまにはホテルで眠りたい』ってたまに言うくらいで後はずっといろんなところをぶらぶらしてたな。」

なんでもないようにスティーブが答えた内容は簡単に頭にイメージできた。
まるで僕と二人旅をしていたときと同じじゃないか。
クレプスリーの変わらなさに涙が出そうなほど嬉しくなる。
あれ、でもそうすると――

「スティーブは友達と遊びたいとか思わなかったの?」

クレプスリーと旅に出たばかりの僕は家族を失った事が辛くて、寂しくて寂しくて友達が欲しくてしょうがなかった。そしてその気持ちをそのままクレプスリーにぶつけては困らせていた。

「バンパイアについて学ぶほうが断然面白いって。…それに友達は故郷にいる親友一人だけで充分だから。」

スティーブが照れもせずに笑った。
僕はどう答えればいいのか見当もつかないまま、結局、そっかと言ってスティーブと同じように笑った。





それからクレプスリーとスティーブは報告のため元帥の間に向かうことになり、また後で、と二人に手を振ってしばらくしてから僕はとんでもない事を思い出した。
どうしてこうも僕はダメなんだろう!

「カーダ!」

急に立ち上がった僕に驚きつつも、杯を置いたカーダが不思議そうに応える。

「どうしたんだダレン?」
「とめなきゃ!」
「とめる、って何を?」
「スティーブだよ!」
「ダレン?いきなり何を言ってるんだ?彼らは元帥に自分達の師弟関係を報告しに行くんだぞ?」
「認められないんだ!」

大広間でこれ以上はまずいと思い、僕はカーダを空き部屋に引っ張り込んだ。
それでも用心して声を落とす。

「スティーブは元帥に認められない、力量の試練を受けさせられる事になる。」
「まさか」
「そのまさかだよカーダ。経験談だ。」

たぶん僕は今にも泣き出しそうな情けない顔をしている。
カーダはすぐに只事でない事態だということを察してくれ、震え始めていた僕の体を両手で包み込んでくれた。 他人の体温を感じて焦る気持ちが少しだけ落ち着きを取り戻す。
どうしようとすがる僕にカーダが答えた。
顔は見えないけどどれだけ真剣な表情をしているか声で分かる。

「考えるんだ。」

力量の試練を受けさせなくて済む方法を。
もし受けることになっても絶対に乗り越える手段を。
万が一失敗したとしても処罰されない抜け道を。

そんなもの僕が通った道筋以外にあるのだろうか?
それでも考えないと、スティーブがあの悪夢のような――


「やー、大変なことになっちまったなぁ。」
「スティーブ、お前はもっと真面目にせんか!」

扉の外から二人の会話が聞こえてくる。最悪だ。恐れていた事態が起こってしまったようだ。
反射的にドアを開け飛び出すと、ちょうど廊下を歩いてくる二人の正面に出ることになった。

「クレプスリー!」
「おお、ハーキャットか。どうした?」
「スティーブを!心配して、待って…たんだ…」

だけど結局間に合わなかった。役に立たなかった。情けなくて僕の声はどんどん小さくなっていってしまった。 そんな僕の肩を軽く叩きスティーブが右手の親指を上げる。

「ん、サンキュ。でも別に大した事なかったぜ?」
「このバカ者が。」

スティーブの頭に拳が下ろされる。

「てっ」
「何が大した事ない、だ。力量の試練を甘く見るな」
「力量の試練!?」

僕を追って出てきたカーダが驚きに声を上げた。
さっきの僕の話だけではやはり信じ切れなかったのだろう。
僕だってあの時は自分に降りかかったものとして素直に受け入れたが、今となってはあの処遇が如何に無茶苦茶なものだったか分かる。

「ああ。やはりスティーブを、この年の子供をバンパイアに迎えるのは軽率だったと言われた。注いでしまった血は戻らないが、力量の試練をもって実力を示せと。」
「スティーブはまだ子供だぞ!?」
「ああ。だが我輩は信じておる。こやつは必ず試練を乗り越えるだろう。」

クレプスリーが僕の時と同じセリフを言ったせいで余計に心配になる。
本当に大丈夫だろうか。

「当然。」
「スティーブ!」
「俺の所為でこのおっさんの立場が悪くなってんだろ?名誉挽回くらい俺の手でやるさ。」

師匠の汚名をすすぐのは弟子の役割。
汚名の原因が自分なら尚更に。

その気持ちは痛いほどよく分かる。
でもスティーブがそれで死んでしまったら僕は絶対に自分を許せないだろう。
僕が力量の試練を受けると決めたとき、カーダこんな気持ちだったんだろうか。

「でも死ぬかもしれないんだよ!?」
「え、おっさんマジで?」
「…ああ。」
「ラーテン、まさか君、スティーブに何も説明せずに承諾したのか?」

カーダが、有りえないとクレプスリーを責める。
けれどその問いにはクレプスリーが答える前にスティーブが割って入った。

「大丈夫だってカーダ。」
「ハーキャット、やっぱお前、俺の親友に似てる。心配してくれてありがとな。」

ああ、もう分かった。
僕は知っている。
スティーブがこんな風に笑うときはもう何を言ってもきかないんだ。





あっけないほど簡単にスティーブは力量の試練をクリアしていった。

第一の試練は偶然にも(偶然であって欲しい)僕と同じ水の迷路。
スティーブはバンパイアの神々に好かれているのか僕より15分も早くゴールを見つけた。クレプスリーは濡れるのもかまわずにスティーブを抱きしめて褒めた。

第二の試練はバンパイアの血を飲んだイノシシとの戦い。
ほぼ万全の体調で挑んだスティーブが負けるはずもなかった。

第三の試練は毒蜘蛛を満たした真っ暗な部屋の中で3時間耐えるというもの。
なんて僕向きの試練なんだ!僕の時にこれが当たっていればよかったのにと思ったけど、スティーブもクレプスリーについてからは蜘蛛のことを色々学んでいたらしく余裕でクリアした。

第四の試練。
下にいくほど細くなっている深い穴の底で、上から転がり落ちてくる岩をよけながら逆にその岩を利用して穴を脱出しろと言われ、スティーブはそのとおりにした。言われたとおりにできた。

第五の試練。
右腕に浅くはない傷を負いながらも、帰ってきたスティーブは笑っていた。




スティーブは見事に全ての試練をやり遂げ、バンパイアとしての力量をみんなに示した。
最終的な報告が大広間で行われ、元帥が席を立ち右手を出した。

「スティーブよ。まずは謝罪しよう。お前がバンパイアにふさわしくないと言った私の発言は間違いだったようだ。今新たなる同胞を迎えることができ心から喜ばしく思う。スティーブ・レナード、我々は君を歓迎しよう。」
「ありがとうございます、ミッカー元帥。」

スティーブが包帯を巻いた手で元帥の手を握り返すと大広間を埋め尽くすような拍手の音が沸き起こった。

こうして若き半バンパイアはバンパイア一族に受け入れられた。