V-DAY

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今日は寒い。今日は半バンパイアになる前は毎年楽しみにしていた日だったけど、残念ながら今年はそれほど嬉しくもない。
どうしてかというとバレンタインなんて人間のイベントを知っているバンパイアはとても少なくて、その少数のバンパイアはわざわざ今日という日にマウンテンにはいない。
つまり今日は何にも無い日。己を鍛えることを最上とするバンパイアの生き方はとても素晴らしいと思うけど、こういうところはつまらないと思う。

昼。サイラッシュとご飯を食べながらカーダを待っているとガブナーが大声で叫びながら走ってきた。 なぜか後ろからカーダが慌てて追いかけてきている。

「全員聞け!カーダによると今日は好きなだけチョコレートを食べていい日らしいぞ!そしてチョコと言えば酒だよな!?」
「ガブナー、ちが」

娯楽のすくないバンパイアマウンテンではちょっとでも面白そうなことがあると、よってたかって皆で楽しもうとする。
目を輝かせて広間を見渡すガブナーに広間中の注目が集まったところでサイラッシュがすっと立ち上がった。

「嘘を言わないで下さいガブナー。バレンタインデーの由来はローマ帝国時代のルペルカリア祭や聖人ウァレンティヌスが殉教した日等諸説ありますが 現在は恋人や友人を互いに贈り物を渡しあうことで親愛を示す形に発展しており特定の食べ物の収穫を歓ぶようなものではありません。 贈り物をチョコレートに限定しているのもアジアのいくつかの国だけでバレンタインデーの本質には全く関係――」

淡々と話すサイラッシュの言葉を遮ってどかどかとこっちにやってきたガブナーは、サイラッシュの背中を勢いよく叩きながらこう言った。

「細かいこと言うなよ!酒が飲めればそれでいい!」

ガブナーの理屈はときどき全くわからないけど妙な説得力だけはあるのが不思議だ。

「痛っ!やめてください、痣になるじゃないですか。あぁ、彼に見つかったらまた面倒なことになる」
「あ?痣くらいでいちいち反応するような女々しい奴がいるのか?」
「…友人です」

サイラッシュが文句をいいながらガブナーの手から逃れたことで、今度は標的が僕に変わった。がっしりと肩を組まれて引き寄せられる。

「なぁ、今日はお菓子を食べまくっていい日だよな?」
「え」
「ふむ、私は長い間バンパイアマウンテンから離れてないからよく分からないが、バンパイアになって日の浅いお前なら人間の文化にもまだ詳しかろう。どうなのだ?」

騒ぎを聞きつけたシーバまでやってきていて、広間は僕の答えで全てが決まるとばかりに変な緊張感が漂っていた。

「えーと」

普通のバレンタインか。普通のバレンタインじゃないけどお菓子食べ放題か。
僕は毎年この日を楽しみにしてたんだけど…。

「そうだよ!ガブナーの言うとおりだ!」

僕だってバンパイアの端くれで、だからバレンタインが本当じゃなくなっても皆で楽しいほうがいいと思うんだ。

「そうか。ならば食料庫を開放しなければな。」
「需品長のお許しが出たぞ!祭りだー!」

嘘をついたことで生まれたちょっとの罪悪感は、シーバが全部分かってるよと片目を瞑って教えてくれたおかげで吹き飛んだ。

(ダレン君?あなたお菓子食べ放題に釣られましたね?)
(だって僕はコドモだからね!)

サイラッシュから小声で怒られたけど、いつも彼が使う言葉を逆手にとって笑う。
ガブナーがありがとな!と僕の背中を叩いて(物凄く痛かった。たぶんサイラッシュなら絶対痣になってる)僕を解放し、酒樽を運ぶために倉庫へ歩き出した。
やった!お祭りだ!こうなったら目一杯楽しまないともったいない。
振り返って僕は呼びかけた。



「ねぇク――」



眩暈を起こしそうなほどの喪失感が一瞬だけ胸を締め付ける。

――そうだった。あんたはいないんだった。

「どうしたんだハーキャット?」

急に止まったせいで驚いたカーダが僕に駆け寄ってきた。
心配そうに覗き込んでくる二人に僕はゆっくりと答える。

「なんでもないよ。大丈夫。」

大丈夫。
皆で笑える日が来る。
そのために僕はこうしてここにいる。
いつか絶対に辿り着いてみせるその日。




そのときにはあんたに両手一杯のチョコレートを送ろう。