V-DAY

初恋と言ったら変だろうか?
憧れと言うほど遠い想いじゃない。
目標と言うほど近い想いじゃない。
けれど。




「エブラ、待ちなさい。これを渡しておこう。」

2月。雪でも降るんじゃないだろうかと思うくらいの寒さの中、呼び止められて手のひらに乗せられたのは小さな透明の袋だった。

「チョコレート?」

片手に納まるくらいの袋にころんと入っている茶色のお菓子。

「トールまさか今日が何の日か知ってるの?」
「ああ。ラーテンとダレンを見て思い出した。」

そういえばさっきダレンがクレプスリーにねだってるのを見た気がする。
飾りなんかはついてないシンプルな袋にシンプルな中身だけど今日の贈り物は特別な意味をもつ。

「本当に俺がもらっていいの?絶対に返さないよ!?」
「それはお前の分だから返す必要はない」
「俺の分?」
「前回は大変な目にあったからな。確かに渡したぞ。だから今日はイタズラはしないように。さて、ダレンにも渡しておかないと。」

どこからか取り出された俺がもらったのと同じ包み。
袋も中身も全く同じのそれは、今から俺の親友の手に渡るらしい。

なんという思い違い。

なんというぬか喜び!
期待はずれで空回り。
目の奥がじわりと熱くなる。
こんなことで泣いてたまるか。
どう考えたって悪いのはトールじゃないか。泣くな俺!怒れ!

「期待した俺がバカだったよ!トールなんて、トールなんて後からバレンタインの意味を知って俺の気持ちを思い知ればいいんだ!チョコは絶対返さないからなー!」

小さな袋を握り締めて走り出す。
角を曲がるとある意味でトールの勘違いの原因となった二人が丁度そろっていた。
二人で板チョコを半分にして食べてる。
クレプスリーなんて甘いものそんなに好きじゃないくせに、ダレンとなら食べるんだ。

羨ましい。

今度こそ我慢できずに涙が零れそうになった瞬間、ダレンが口を開いた。

「あれはMr.トールが悪いね。」
「ああ、ハイバーニアスが悪い。」

応えてクレプスリーも頷く。
それで今までのやり取りを見られていたことを知ったのが限界だった。

「な!?トールが悪いよな!?」

ぼたぼたと溢れた水が頬を濡らす。悲しいのでもなくがっかりしたのでもなく俺は怒りのあまりに泣いているんだ!
落ち込んでなんかない!だってトールが悪いんだ!
ダレンにぶちまけると少しだけ落ち着いて、だからこそ、ずるずると天井をする音に気付くことが出来た。

「トールだ!クレプスリー隠して隠して!」

慌てて周りを見たけど駆け込める空き部屋が近くにない。
時間稼ぎにもならないことは分かってるけど、クレプスリーのマントの中にもぐりこんだ。

「あ、ずるい!」
「ずるくない!」

俺にとってみればダレンの方がずっとずるいのに。
それに今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ。

「ラーテン、今エブラがここに…来ていないようだな。」

絶対に動かないように息を止めてじっと待つ。
幸運なことにトールは俺に気付いていないようだ。
何でもお見通しなトールにしては不思議だけど、もしかして背が高すぎて見えないのかな?
ずずっと音がしてトールが横を向いたのが分かる。

「そうだダレン、ちょっと来てくれないか」
「何?トールからのチョコなら僕いらないよ」

ダレンがちょっと不機嫌そうに答えた。

「なぜだ、甘いものは好きだろう?エブラの口ぶりからすると今日はイタズラの日ではないらしいがもう用意してしまった。今のメンバーには他にお菓子を欲しがる子どももいないし貰ってくれないか?」
「今日はクレプスリー以外からはもらわないの。エブラにちゃんと謝ったら明日もらってあげる。」
「そうか」

トールが頷くとまたずるずるという音がして、今度はこっちに近づいてきた。
近い、というかたぶん真上なくらい。

「ラーテン、エブラに今日が何の日なのか教える気になったら私の部屋に来るように伝えてくれ。」
「それは反則!」

思わず目の前のマントを押しのけて叫んでしまった。
急にひらけた視界には、いつもはずっと上にあるはずのトールの顔が目の前にあって心臓が飛び出るかと思った。
ずるずる音はしゃがんだことには教えてくれない。

「っ!」

いつも通りの読めない表情で、そこにいたのか、なんて言う。
一番ずるいのはトールだ!

「絶っ対に教えない!」

さっきと同じように今度は空いてるほうの手でダレンの手を取って走り出した。
作戦会議をしないと!
さっきの口ぶりじゃ追いかけてくる気はないみたいだから、まずは近くの空き部屋に逃げよう。
それからトールに思い知らせてやるんだ。
今日という日に贈り物をする意味、俺が絶対に返さないと言った意味。





初恋と言ったら変だろうか?
憧れと言うほど遠い想いじゃない。
目標と言うほど近い想いじゃない。
けれど心の真ん中で存在を主張し続けるこの温もりはあの人に与えられたもので、一瞬たりとも気を逸らすことができない。



ほら、やっぱりこれは初恋なんじゃないだろうか。