またあった日



さあ着いた。扉が消える。
周りが暗いから今は夜だと分かった。 鬱蒼とした木が生え、同じ形の石が沢山並んでいる。 見るからに人が住んでいるところに出てしまったのは幸か不幸か。
あまりに長い時間を跳んだものだから細かい指定までは難しかった。
僕とスティーブが育った街の近くであることは確かなはずなんだけど、ここで大丈夫かな?
さて、夜明けを待ってスティーブのとこに行こう。違うな、スティーブのところに行って夜明けを待とう。 別にここで待つ必要なんてない。スティーブが起きたらすぐに話をするんだ。
タイニーに手出しなんてさせない。タイニーなんて手も足も出ないような力を手に入れたんだ。
軽い気分で歩き出そうとして、ようやく気付いた。


泣き声が、聞こえる。


間違えようのない声をたどり墓地を進んで見つけた。
建物の陰に蹲っている彼。
不格好な木の杭が地面に転がっている。
とがった先の色が変わっていて、濡れているのが分かる。
僕を殺そうとして自分を傷つけたあの杭だ。
スティーブが泣いている。
間違えた。
スティーブが泣いてる。
間違えたんだ。
スティーブが泣いてる。
どうやら僕は辿り着く日を間違えてしまったみたいだ。
全てが起き切ってしまったところに居合わせるなんてなんて滑稽なんだろう。これじゃあ何の意味もない。どうしよう。どうしよう。いや、どうしよう?なんて悩むまでもない。簡単だ。あと一、二年遡ればこの光景もなかったことにできる。
だけど。
スティーブが泣いてる。

目の前で泣いているスティーブを放っておけるわけがない。

あーあ。
まあいいか。
長くても100年かからないうちに自然と結論が出るはずだし、それくらいなら大した長さじゃない。 スティーブが人間のままなら死ぬまで一緒に幸せにくらして、スティーブがバンパニーズになるならそれこそ決着がつくまでの短い時間を見守っていよう。幸せだ。

「泣かないで」

声をかけるとスティーブの肩が跳ね上がった。

「誰だ!」
「僕が君の事、愛してる。だから泣かないで」
「誰だってんだよ!」
「ダレン」

泣き声が止まる。

「その名前を口にするな。殺すぞ」

ようやくスティーブが顔を上げてくれた。

「君が望むならバンパイアの殺し方を教えてあげる。実行できるように君を鍛えてあげることもできる。だから僕の話を聞いてみない?」

ものすごく悩んで、スティーブは頷いてくれた。 怪我の手当てをしたかったし、体が冷えるのも心配だったからまずはどこか落ち着けるところに入ることを提案した。これにもスティーブが頷いてくれたので、彼を抱えてフリットで街に戻り、適当に色々買って、適当なホテルに宿をとった。

「分かりやすくジョン・スミスと名乗っておくよ」

ホットミルクを渡しながら僕は言った。ダレン・シャンの名前はまだ彼の心の傷にも体の傷にも響きすぎると思ったし、彼にとってのダレン・シャンは僕じゃない。
長い話をして、主人公の男の子が時間を遡り、泣いてる親友を見つけたところで僕は話を終えた。

「僕の話を信じるかはスティーブの自由だ。僕としては信じて復讐をやめて幸せになってくれるのが一番だけど。もしそうしてくれるなら僕がずっと傍にいるよ」
「信じないっていったら?」
「約束通りバンパイアの殺し方を教えて、スティーブが強くなるのを助ける。だからずっと傍にいるね」
「結局お前がいるのは変わらないのか」
「何のために苦労して戻ってきたと思ってるんだよ」

スティーブが苦笑して僕もつられる。
そう、僕が欲しかったのはこういうのだったんだ。
世界も破壊もいらない。
親友と笑えてれば充分だった。

そしてスティーブは一つ息を吐いて真剣な表情になり、ハッキリと言った。

「話は信じる。でもあいつらを追いかけるのはやめない」
「やっぱり、許せない?」

スティーブが首を横に振り、とっくに湯気の立たなくなったカップをテーブルに置いた。

「さっき俺が言ったこと覚えてるか?いや、俺にとってはさっきだけどお前にとっては途方もないくらい昔になるのか?」

扉を作ってる時に、スティーブに言われたことは全部思い出して覚えなおした。 自分の記憶さえ自覚的に忘れたり忘れないように操作できるなんて我ながら本当にバケモノみたいだ。
どれのことだろうと考えている僕を見て、スティーブは覚えていないと思ったらしい。

「お前を疑ってから後をつけたりしてた。だからクレプスリーが窓からお前を放り出すとこも見た。……だったらさ、その前のお前が苦しんでクレプスリーに泣きついてるところも見てるとは思わなかったか?」

思わなかった。

「病院で目が覚めたときの記憶と合わせたらどんな取引があったかなんて簡単に予想できる。」

思いもしなかったスティーブの告白に、僕はソファーから腰を浮かせて前に乗り出す。

「じゃあ何で!」

違う、こんな責めるような言い方をしたかったわけじゃないのに。
自然と強くなってしまった語気を後悔する間もなくスティーブが答えた。

「認められる訳ないだろう!俺のせいでダレンを失ったなんて!」

誰にも見られないように両手で顔を隠して、全てを拒絶してスティーブは叫ぶ。

「あいつの口から事情を聞いて、『しょうがないね』で綺麗なお別れなんて冗談じゃない!」

声が震えているからまた泣いているのだろう。

「親友だと思ってた。……今でも思ってる!だから、もしあいつが何かの理由で町を出なくちゃいけなくなったなら――連れて行ってくれると思ってたんだ。」

ああ、スティーブを傷つけていたのは。

「理由がこれしかなかったんだ。ダレンが裏切り者なら、俺は復讐していいだろう?俺は復讐するのが当然だろう?復讐者でいれば、また会えるまで追いかけていられる。繋がって、いられる。」

彼をこんなに怯えさせていたのは、夢を奪われた恨みでもなく、クレプスリーの拒絶でもなく――ダレン・シャンとの別れ、だったのか。

なんて可哀想で愛しい親友だろう。

スティーブを抱きしめて僕の存在を伝える。
腕の中にすっぽり収まる体に、そういえば、この時のスティーブはこんなに小さいんだったと思う。

「わかった。じゃあ一緒に彼らを追いかけよう。」

精一杯のスティーブの愛情表現が、いつか誤解なく彼らに伝わってほしい。
まぁ、本人だけ任せてたら絶対に無理な話だけど。
経験から断言する。無理。だから、僕がなんとかする。
ね?と背中を撫でたらスティーブの頭が腕の中でゆっくりと上下に動くのを感じた。
嬉しくなってこれ以上ないくらいに頬が緩む。
また会えた。





「よろしく、新しい運命」