Vday2011+



「花束にメッセージカードは付けちゃいけないらしい」

あー、何かそれ本で読んだことあるな。
バレンタインに送るバラの花束の話。
名無しで送るのがセオリーらしい。

「なんで?」

理由が思い出せなかったのでダレンに訊くと自信無さそうな答えが返ってきた。

「その方がロマン?があるからだって」

そうだそうだ。
誰が送ってくれたのかに想いを馳せる時間ーとか
自分の思いを伝えるより相手の喜びを大事にするーとか。
そんなことが書いてあった気がする。

イミわかんねー。

俺だったら許せない。
例えば俺がダレンの机にキャンディーを置いといたら、ダレンが「誰からだろう?」って悩んでるようなもんだろう?
俺からだっての。気づけよバカ。
そもそも俺以外だと思うな。
有りえない。
他の人間を思い浮かべるかもしれないなんて耐えられない。
まあダレンはそんなことないだろうけど。
でもやっぱり考えるだけでイヤな気分になる。

その我が親友殿と言えば口では興味ないと言っているものの、
さっきから赤いものが視界に入る度にそっちを向いたりあっちを向いたり大忙しだ。

「とか言いながら、お前実はソレやろうとしてるんだろ」
「…バレた?」

むしろバレてないと思ってたなら驚きだ。

「バレバレだっつーの。さっきからコソコソあたりを見やがって。言っとくがバラはその辺に生えてるもんじゃねえ」
「知ってるけどさ!」

顔を赤くしたまま隠す気もなく拗ねた様子を見せられて嬉しくなる。
学校の中でもダレンがこういう態度をそのまま出すのって俺に対してだけなんだよな。
バレバレとは言ったものの、あくまでそれは俺だからであって、他の奴らならたぶん気づかなかったはずだ。
しょうがない。親友だし、一肌脱いでやるか。

「ちょっとそこで待ってろ」

その辺に庭いじりに気合い入れてる家があった気がする。
あそこなら多分ある。

ちょっと壁を乗り越えて庭を進むと目当てのものはすぐに見つかった。
幸い家主は家の中にいるらしく思ったより簡単に事は運びそうだ。
鼻歌でも歌いたい気分で赤の花を折る。
1本。
2本。

「誰だ!?」
「うわ!?」
「このガキ!」

見つかった!最悪だ、まだ2本しか取ってないのに!
うっかり刺ごと茎を握りしめて掌に痛みが走るがそれどころじゃない。
慌てて来た道を駆け戻る。

「ダレン!逃げるぞ!」

俺の声だけで状況を察したダレンは何も聞かずに頷いた。

「スティーブ!逃げるよ!」
「おう!」

当然、俺たちは捕まることなく逃げ切った。
ババアが俺たちに追いつけるわけないっての。
息を荒くしたダレンの横で俺も深呼吸をし体を落ち着かせる。

「…っと。ホラ」

これ以上ボロボロになる前に取ってきたばかりのバラの花をダレンに差し出した。

「え?」

ははっダレンが意味分かんないって顔してやがる。
そりゃそうだな。
本当は12本なんだっけか。
でもさ。
ダレンが俺以外の奴に渡すものを全部俺が用意してやるなんて癪だろ?
半分くらいは取ってきてやるつもりだったけど、出来なかったものは仕方ない。
あとはこのまま渡すなり自分で足すなりどうにかしろってな。
本当は花束なんて誰にも渡してほしくないけど。
花束欲しがってる時のあんな顔見ちまったら少しぐらいは我慢してやるしかないじゃないか。

差し出されたバラを受け取ったダレンは何故か礼を言いながら1本俺に返してきた。

「はい、ハッピーバレンタイン。」
「は?俺に渡してどうするんだよ。」
「今年はいいかなって。ほら、モテモテのシャン様は普段から女の子のほうが放って置かないし! それより今日はスティーブと遊びたい気分。」


顔が緩む。
ああ、たぶんコイツはこの言葉を俺がどれだけ欲しがってたか知らないんだろうな。
嬉しい。やっぱり、ダレンの『1番』は俺だ。

「ところでスティーブ。ホントはね、花束作るときってバラ12本なんだ」
「あー?んなの当然知ってるよ」
「えっ、じゃあ何で2本なの!?」
「だって2本取ったところで見つかったんだからしょうがないだろ」
「ああ、そういうことね…。ってゆーかさースティーブさー。 僕にバラくれるのは良いけど、しばらくはいいから。どうせならちゃんと大人になった時に12本揃えて頂戴ね」

笑いながら言われた言葉に一瞬脳が止まった。
虚を突かれるとはこの事だ。
コイツ自分の言ってる意味が分かってるのか?
形式整えてもう一回きっちり告白しに来いって意味だぞ。
しかも受け入れ宣言付き。
どうせ分かってないだろうなー。
まぁいいや。言ったことには責任をとってもらわねーとな。

「了解。大人になってお前にバラの花束が届いたら俺からだからな。自分のセリフ忘れんなよ!」
「りょーかい」

バレンタインなんてどうでもいいイベントが、ダレンの一言でこんなにも愉快なものに変わる。
この俺がバラの花束なんて、我ながらなんて似合わないんだろう!
よし、この際だから明日にでもカードも送ってやろう。
名前はもちろん書かない。
書くのは一言だけ。


『ハッピーバレンタイン』