オズさんの方が重傷な幸せオズユア



sideE


『ただいま!えと、パ…パパ!』
『お帰りオズ。ようやく――』
『あの、お邪魔します』
『――やっと友達ができたんだな。二人ともオズの友達になってくれてありがとう。ゆっくりしていってくれ』
『親に心配されてやんの。だっせ』
『てめぇ!』


懐かしい夢を見た。
パッチマンの襲撃の直後にオレたちの前に現れ、あっという間に姿を消した少年。
あの頃のオレたちは慣れない二人暮らしと、証言への疑いから重ねられる事情聴取のせいで『頼れるのはお互いだけ』なんて狭い世界に陥りかけていて、だから警察署からの帰りに声をかけてくれたり、夕食に誘ってくれたり、パッチマンの凶行について信じると言ってくれた優しい少年の存在は、たぶん彼が思う以上にオレたちの救いになっていた。
忘れていたわけではないがこんなにハッキリと思い出すのも久しぶりだ。
色々とアラゴと話をしたせいで昔の記憶が触発されたのかもしれない。
衣擦れの音で目を覚ますとアラゴがパーカーを羽織ろうとしているところだった。
音をたてないように気を遣ってくれていたようだが、ちょうど意識が浮上するタイミングと一致したせいでムダにさせてしまった。

「起こしちまったか、ワリ」
「いいや、勝手に起きただけだ。どこか行くのか?」
「ユアンが起きるのを待ってる間にオズの様子を見てこようと思ったんだけど……」
「オズ?」
「一緒に戦った……『仲間』だよ」

オレを助け出してくれるまでの長い戦い。
アラゴはあまり詳しく語らなかったが、その中でも何度か聞いた名前は記憶に残っていた。
照れくさそうに笑う顔は、サリバン警部補の話をするときに浮かべるものと同じもの。
この病院で目覚めるまでは一度も見たことがなかった表情だ。

「ユアンも一緒に行くか?」

思いついたように誘われ、一も二もなく頷いた。
アラゴに力を貸し、こんな表情が出来るようにしてくれた男。
どちらもオレには成し得なかったことで、いつかお礼を言いたいと思っていた。
アラゴに連れられて廊下を歩く。
辿り着いた彼の病室は意外なほど近くにあった。
ノックもなしにドアを開けるアラゴに注意するが、いいんだよと複雑そうな声で返される。

「まだ目が覚めないんだ」

ドアを支えてくれているアラゴに促され室内に入ると、自分の部屋ではわからない独特の薬品の匂いを感じた。
真っ白なベッドに静かに横たわる男を見て驚きに声を無くす。
初めて名前を聞いたときには偶然だと思った。
けれど、この顏、この髪。
――知っている。

「刑事さん?」
「セス、どうしたんだ」

不意に後ろから声をかけられ振り向くと黒髪の少年が立っていた。
この子もアラゴに今までにない表情をさせるようになった一人だ。
ただそこに含まれる感情はサリバン警部補や『オズ』に向けられるものとは少し違うようで、この子にもまた感謝している。
アラゴが彼の名前を呼ぶと、少年は呆れたように腕時計が巻かれた手首を上げた。

「どうしたも何も、時間わかってますか?」
「げ!いつのまに!ジョーさんとの約束が!ワリィ、ユアン、オズの紹介はまた今度にしていいか!?」

示されている時間に叫び声をあげるとアラゴは申し訳なさそうにオレの反応を伺ってきた。

「いいよ。それよりもお前、人との約束はちゃんと覚えてろよ」
「今日はたまたまだ!やべっ!オレもう行くな!また明日!」
「気を付けて。また明日」

バタバタと走り去っていく二人の姿が完全に見えなくなるまで見送り、ベッドの方に視線を戻す。
用意されている椅子に腰を下ろし、もう一度じっくり確認した。
そうか、彼が助けてくれたのか。
傷だらけの顏。
失われている左腕。
解けた髪を掬い上げるとさらさらと指の間から零れ落ちた。
どうして彼がこんなにボロボロにならなければいけなかったんだ。
涙が止まらなくなり、眼鏡を外して顔を拭う。

オレはこの男を知っている。

――遠い昔にオレたちを助けてくれた少年。