sideO

誰かが泣いている気配がする。
全身で何かを訴える幼い子どもの泣き声ではなく、声を殺して涙を流す我慢を知った大人の泣き方。
誰だろう。知らないうちに閉じていたまぶたを開くと、最近見慣れたふわふわの髪が視界に飛び込んできた。

「――アラゴ…?いや、ユアンか」

どうしたんだ?
何かイヤなことあったか?
またケンカでもしたのか?
イヤなことがあるなら守ってやるから。
ケンカしたなら仲直りさせてやるから。
だから、泣くなよ――

声をかけると驚いたようにユアンが目元から手を離す。
濡れた瞳が少し赤くなっていた。
頭を撫でてやりたいのに何故か体が鉛のように重く、動かない腕に無理やり力を込めると全身を貫くような激痛が走った。

「うぁあっ!」
「オズ!」

まるで腕と足を引き千切られたような痛み。
脳みそをぐちゃぐちゃに掻きまわされたような頭で必死に考える。
何故痛い?
怪我をしているからだ。
何故怪我をしている?
任務以外に考えられない。
任務中だったのか?
そう、任務中だった。
何の?
――アラゴ・ハントの護衛

そこまで自分の状況を整理してあれは夢だったことに気付く。
そうだった、ユアンがいるはずない。
オレは聖守護隊の最後の任を全うするために戦っている最中だったじゃないか。
生きているということはアラゴが勝ったのか?
戦いは終わったのか?
次々と疑問が湧いてくる中、そういえばさっき名前を呼ばれたことを思い出す。
誰かが付いていてくれたのだろうか。
反射的に閉じていた目をゆっくり開くと、そこにあったのは柔らかな金色だった。

「……ユアン?」
「ああ、オレだよ。久しぶりだな――オズ」

夢じゃなかったのか?
アラゴへの人質としてパッチマンに捕えられていたのはもちろん知っている。
けれど救出に成功したとしてもオレがユアンと接触する可能性はないに等しいと思っていた。
それにもしその万が一が起きたとしても彼の片割れのように忘れてしまうには十分な時間が過ぎている。
なのに。

「なんだ、ユアンは覚えてたのか」
「アラゴと一緒にするな」
「はっ。確かにあいつは昔からバカだったからな」

内容とは裏腹に込められている親愛が心地良い。
まさかユアンとこんな風に話せる日が来るとは思いもしなかった。
良いことなのかはわからないが、覚えられていたことは素直に嬉しい。
お互いの認識を確認するための軽口が済むと、ユアンはオレが求めるままに今までの出来事について答えてくれた。
わかりにくいアラゴの話をよくもここまで的確に理解して人に伝えられるもんだ。
さすが双子だなと感心していると、急に強烈な眠気が沸き起こってきた。
起き抜けの会話は自覚している以上に体に負担をかけていたらしい。
ユアンも気づいたらしく焦ったように会話を中断させる。

「気が付いたばかりなのに話し込んで悪かった。すぐに担当の先生を呼んでくるべきだったな」

慌ただしく立ちあがるユアン。
行ってしまうのか?
現状を考えるとユアンの行動が最善なのはわかっている。
けれど彼がここからいなくなってしまうと思うと、途方もない心細さが胸を襲った。
行かないでくれと引き留めたくてしょうがない。
そんな子どもみたいなこと言えるはずもなく、ただユアンを見上げていると、安心させるような微笑みが返された。

「大丈夫だよ。もう、大丈夫」

髪をそっと梳かれ、おでこにキスを落とされる
驚いてまだ感触の残るそこに手を伸ばすと、ユアンの顔が真っ赤に染まった。

「…っ!すまない!つい…」

ついってどういうことだ。
自分からやったクセになんでオレ以上に動揺してるんだよ。
おかしいだろ。

「とにかく、先生を呼んでくる」

追及を避けるように足早に病室を出ていくユアンの背中を呆然と見送る。
もう大丈夫なんだと。
何が大丈夫なんだか。
根拠も証拠も無い彼の言葉。
それでも額から拡がっていく熱が嘘みたいに心を楽にする。

「…大丈夫」

ユアンがくれた言葉を自分でも呟き、オレは意識を手放した。