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翌日からは時間の許す限りオズの病室に通った。
アラゴはオレのそんな行動を最初は不思議がっていたが、気が合ったという説明だけですぐ納得したようだった。
お前がバカだってことで意気投合したんだとからかうオズに対して、アラゴがバカって言う方がバカなんだからな!と怒りながら出て行ったときには思わず二人で顔を見合わせたが。
さらにそれで爆笑したオズが腹の傷に響いて悶絶していたのは自業自得としか言いようがないが。
アラゴとオズの間に存在する気安い親しさを嬉しく思いながらここ数日ですっかり見慣れた廊下を歩く。
ノックは不要と言われたがなんとなく普段の習慣が抜けず、部屋の前で立ち止まりドアを二回叩いた。
少し待つが返事がない。

「オズ、いないのか?」

寝ているのか外出しているのか、どちらにしても珍しい。
せっかく来たんだし自分の病室に戻るよりは中で待っていようと思いドアを開けると、部屋の主はいつも通りベッドの上にいた。

「なんだいるじゃないか」

寝ていただけだけか。
独り言を呟きながら部屋の中に足を進めると、横になっていたオズが顔をこちらに向けた。

「……よぉ、ユアン」

上気した頬。
荒い息。
短い呼吸が繰り返されるたびに肩と胸が大きく動いている。
一目で様子がおかしいと分かった。

「丁度いいタイミング…いや、タイミングの悪い奴だな」
「どうしたんだ!?」
「ああ…単に熱が上がってるだけだ…よくあることだし…薬を飲めば…治る」
「飲んだのか!?」
「…まだ」

慌てて駆け寄ると、場違いな笑顔で返され思わず語調が荒くなる。

「早く飲め!」
「わかってるって…悪いが…そこの薬と水取ってくれるか…?」

すぐに側にあったピルケースから薬を取り出し水と一緒に渡す。
けれど何故かオズは受け取らず、困ったように眉を寄せた。
……受け取る力もないのか。
少し考えて、一度水の入ったグラスを置き、薬を親指と人差し指で持ち直す。

「口あけろ」

オズは素直にオレの言葉に従った。
薬を舌の上に置いてから、再びグラスを手にする。
慎重にオズの口元に運ぶが、途中で止めざるを得なかった。
――ダメだ、これ以上傾けると中身が零れる。

「オズ、キツイだろうけど少しでも体を起こせるか?」

無理を承知で尋ねるとオズの筋肉が緊張するのが見て取れたが、結局弱々しく首が振られた。
気まずそうに謝罪の言葉が発せられる。

「わりぃ…」

違う、そんな顔をさせたかったわけじゃないのに。
オズの体を支えられない片腕の自分が悔しくてならない。
もどかしい気持ちでグラスを見つめていると、一つ思い至った。
映画でしか見たことないような恥ずかしい行為。
オズも気付いたのか口角を少し上げると、先程より少し大きく開いてオレを促す。
まさか自分がこんなことをやるなんて。
だけどこれ以上苦しむオズを見ていたくない。
だったら仕方がない。
自分の口に水を含み、そのままオズに顔を近づける。
口移しで飲ませた水をオズは抵抗なく受け入れた。
コクリと喉元が動くのを確認して唇を離す。

「……ずいぶんと男前な飲ませ方だな」
「惚れるなよ」
「ははっ」

軽く笑うとそこが限界だったのかオズの目が閉じられた。
唇の端から零れた水を拭ってやる。
『よくあること』だって?
あまりに自分を軽んじている態度に心配を通り越して怒りが込み上げてくる。
どうして言わない。
どうして誰にも頼ろうとしないんだ。
オズの呼吸が落ち着いていることを確かめ、早々に部屋を後にする。
廊下の途中でオズの病室に向うアラゴと鉢合わせ、探す手間が省けた幸運に感謝した。

「ユアン!?どうしたんだそんな顔して――」
「アラゴ、オレの部屋を移してくれ」
「は?」

唐突なオレの申し出にアラゴが目を丸くする。
アラゴの手をとって方向転換させ、二人でオレの病室に向いながらさっきの出来事を伝えた。

「あいつから目を離したらダメだ。でも今はあいつには付きっ切りになれる人間がいないから、だからオレが見てる。――だから、オレをオズと同じ部屋に移してくれ」

奇跡のような再会を果たしたあの日を思い出す。
迷子の子どものように怯えながら、何かを必死に我慢していた。
本当に辛いことに対しては耐えることしか知らないような不器用な強がり。
知ってしまえば放って置けるはずがなかった。