サイン
生徒会室に向かう途中の廊下で、妙に焦った様子のアラゴを見つけた。
「アラゴ?」
「よう、オズ!じゃあな!」
「待て」
声をかけると右手を小さく上げて返される。
笑顔を作ろうとしたみたいだが、残念ながら口の端が引きつっていた。
返事も待たずに走り去ろうとしたアラゴの腕を掴んで捕まえる。
「どこに行くんだ?」
「ええ、と」
今日は生徒会室で勉強のはず。
こいつが一人でここにいるわけがない。
アラゴはひたすら目を逸らし続けている。
「……逃げたな?」
ビクリと肩を震わせるアラゴ。
その反応で返事なんて聞かなくてもわかった。
せっかく上手く逃げ出せたみたいだったのに運が悪かったな。
ユアンにいい土産が出来たと思いながら、アラゴをつれて生徒会室に向かった。
「オズのケチー。今日くらい見逃してくれよ」
「諦めろ。ほら、着いたぞ」
隙間なく閉まっているドアの前に立つ。
ノブに手をかけた途端、不意に気まぐれを起こしたくなった。
コンコンと叩いてドアを鳴らす。
「どうぞ」
返ってきたのは他の奴らや先生用の少し硬い声。
そりゃそうだ。
普段はオレもアラゴもノックなんてしないからな。
オレだと分かったらどんな反応をするだろう。
「お届けモノでーす」
中に向かって呼びかけると、椅子を動かして立ち上がる音がする。
静かに開けられたドアからユアンが姿をのぞかせた。
こうやっていちいち付き合ってくれるからやめられないんだよな。
「オズの宅急便です」
無駄な抵抗を続けているアラゴを前に押し出す。
ユアンが呆れたような顔でオレとアラゴを交互にを見つめる。
「それはどうも」
「サインはここに」
自分頬を指差すと、ユアンは少し考えてから仕方なさそうに口を開いた。
「……アラゴ、オズ、目瞑ってろ」
言葉通りにするとユアンが近づいてくる気配がする。
肌に当たる少し固い感触。
唇じゃない?
驚いて目を開きかけた直前、瞼の上に手を置かれて止められた。
「――そのまま」
ひんやりとした何かが頬の上を滑っていく。
「二人とも、もういいぞ」
ユアンの声で目を開ける。
オレの顔を見たアラゴがいきなり声を上げて笑い出した。
「あはははははっ!!」
「ユアン、お前…」
「サインだろ?」
ユアンが持っていたマジックを楽しそうにクルクルと回す。
……やりやがったな。
ひとしきり笑い終えたアラゴが、大きく息を吐いて再びオレの方を見た。
「はー…笑った笑った。それにしても、そういう風に名前を書かれてるとお前ユアンの持ち物みたいだな」
そういう発想もあるのか。
感心しながら横目で伺うと、ユアンの頬がうっすらと赤く染まっている。
あぁ、なるほど。本当にそんなつもりも入ってたのか。
こいつの天然ってたまに怖いよな。
アラゴを捕まえていた手を放す。
「コレ、油性マジックだから一人で落とすの大変なんだ。ユアンに手伝ってもらわねぇと」
「そうだな、だってユアンのせいだもんな」
不思議そうに見上げてくるアラゴに説明してやると、嬉々とした様子で同意してきた。
口が緩むのが止められない。
今回は礼代わりに逃がしてやる。
おまけにもう一つ後押し。
「オレもユアンもお前の勉強見てやれないから、悪魔くんのとこにでも行ってこいよ」
「わかった!」
「ただし、赤点一つでも取ったら補習用の対策は容赦しねぇからな」
「了解!」
「あ、おい、アラゴ!!」
あっという間に部屋から駆け出ていくアラゴの後姿を見送る。
アラゴを捕まえようと上がったユアンの手を受け止め、そのまま指を絡めた。
「お前はオレの相手。名前書いたからには、責任とってくれよな?」
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