03. Kurda

「…カーダ。」



「遅いじゃないか、ダレン。また違う用事で来たフリでこっそり入って、中で俺を驚かそうとしたんだろ?残念だったな、今の門番たちは優秀なんだ。そんな手には引っかからない。」

息を切らしながら言うカーダに、門番たちは少し不審な目をしながらも槍を引いてくれた。
カーダに手を引かれて僕はバンパイア・マウンテンの中に入る。
無言で連れて行かれたのは見覚えのある場所、カーダが地図作りに使っている部屋だった。前にカーダ以外のバンパイアが来ることは殆ど無いと聞いたことがある気がする。
ドアを閉めてようやくカーダは少し緊張を解いた。

「危ないところだったな。それで君は誰だ?俺の顔と名前を知っているということは半バンパーニーズか?いったい何の用でこんなところに…」

僕は驚いた。

「え、だってさっき僕の名前」
「なんだ、ほんとにダレンという名前なのか。悪いがあれは思い浮かんだ名前を適当に言っただけだ。」

カーダは事も無げに言う。喜んだ分ショックは大きかった。

「そっか。そうだよね。覚えているわけないか。」

だけど僕はカーダを見て落ち込んでいる場合じゃないことに気づいた。ここが過去の世界なのかパラレルワールドなのか、そんなことは構わない。とにかく『今』が僕が死んだときより前の時代なら僕にはやらなくちゃいけないことがある。

「ねぇカーダ、君は今でもバンパニーズとの和平を望んでる?」
「君は、なぜそれを」

カーダの目が見開かれる。頬にバンパニーズとの友好の証の傷がないから、もしかしたら今はまだ誰にも知られないように動いているのかもしれない。

「知っているよ。バンパニーズとの和平を望んだカーダ。地図作りが趣味のカーダ。バンパニーズ大王を誰よりも恐れているカーダ!」

両手を広げて僕は。
泣きながら笑い出しそうだった。
笑っていたけど泣きそうだった。

そうだ。僕の目の前にはカーダがいる。
僕が知ってるカーダは理想を掲げ、理想のために動き、失敗して、死んだ。
僕の目の前には生きているカーダがいる。

ダンと鈍い音がして息が詰まる。
僕はカーダに胸倉をつかまれ壁に押し付けられていた。

「ならば知っているだろう?俺は目的のためならどんな犠牲も厭わない。」

カーダは僕を裏切った時と同じ目をしていた。
どこまでも、どこまでも真っ直ぐな。



あの時、僕がカーダの罪を告発した時、ガーブナーやエラや他のたくさんのバンパイアたちを死に導いたカーダの命乞いをすることは誰にもできなかった。
カーダの犯した罪はあまりに大き過ぎたから。
でもいまここでなら僕はカーダを救うことができる。
救うなんてもんじゃない。
犯した罪をなかったことにできるのだ。

「カーダはミスター・タイニーを知っているよね。」

カーダの眉が思い切り顰められた。

「ああ。可能な限り関わりたくない御仁だ。」
「僕はミスター・タイニーの息子なんだ。」
「どういうことだ?」

もちろん僕のパパはパパしかいないし、僕が”死んで”から父親の役割をしてくれたのはクレプスリーだ。それでも僕はミスター・タイニーの息子を名乗った。これが一番カーダの興味を引けると思ったからだ。

「生みの親はもちろん別だよ。でも僕は生まれたときからミスター・タイニーに運命をいじられ続けていたんだ。闇の帝王になって世界を混乱に陥れるために。バンパニーズ大王も僕と同じ。僕たちは見事に踊らされたよ。バンパニーズとの和解もそのせいでご破算。だってバンパイアとバンパニーズが仲良くなっちゃったらミスター・タイニーが面白くないからね。大王ハンターの僕とバンパニーズ大王のどっちが勝ってもミスター・タイニーは生き残ったほうを自分の思い通りにするみたいだったけど。最後の最後に僕がスティーブと相打ちになったから。ああ、スティーブって言うのがバンパニーズ大王の名前。僕の元親友だよ。エバンナが僕を助けてくれたんだ。精霊の湖にとらわれていた僕の魂を引き上げて楽園に行く方法を作ってくれた。ついでに僕がクレプスリーにあった夜に時間を繋げてくれて、僕の運命を変える道まで示してくれた。子供の僕を驚かしてクレプスリーとの出会いを邪魔した。クレプスリーに会わなければバンパイアになることもないから僕の人生は大きく変わる。そこまでやり遂げて、僕は楽園に行くのを待つだけになった。仮初の体が崩れるのを感じて、次に気がついたら僕は僕の家の前に転がってたんだ。そこにはクレプスリーと会わなかったらこうなっていただろうという僕がいた。つまり僕はこことは違う未来から来たってことになるのかな。」

一気にしゃべり倒した。淡々となるべく他人事の様に話すつもりだったのに、話してるうちにどんどん記憶が溢れてきて僕はまた泣きそうになった。バレないように下を向く。
カーダは忍耐強く僕の話を聞いてくれて、長い長い僕の話がようやく終わると緊張を解くように息を大きく吐くのが聞こえた。そして。


「にわかには信じがたい話だな。」



やっぱりね。
僕だっていきなりこんな話をされたら相手を大嘘つきだと思うし。誰も信じてくれないなら僕は一人でバンパイアとバンパーニーズの争いを止めるだけだ。カーダは門番から助けてくれた、それだけで十分じゃないか。お礼を言って出て行こう。顔を上げるとびっくりする程近くにカーダの顔があった。
少し屈んで正面から僕を見、カーダは微笑んだ。

「だが俺は信じたい。その話が本当なら、ダレンはとてつもない情報を持ってきてくれたことになる。
だから信じたいと言うよりは本当であればいいと思う。」

カーダの右手が僕の頭に乗せられる。

「俺は実を取る変わり者なんだ。失敗するかも知れない計画は実行できても、失敗する計画は絶対に実行できない。」

暖かい。

「だからダレン。俺と一緒に。俺を手伝ってくれないか?」

優しいカーダの声。
カーダが信じてくれた。
カーダが僕を受け入れてくれた。
あまりにほっとしせいか、ずっと我慢できていたのに僕はとうとう声を上げて泣いてしまった。しゃくりあげながらだからうまく答えを言えたか分からない。

「ありがとう。カーダ。」

運命を変える。そのために一歩踏み出せた気がした。