04.Cyrus
恥ずかしさで死ねことがあるとすればそれはきっと今だ。
結局僕はそのままカーダの前でずいぶん泣いてしまった。
今なら顔から火だって出せそうな気がする。
僕がようやく落ち着いたのを見計らってカーダが状況を話してくれた。
カーダは動き始めたばかり、まだバンパイアの中で味方を増やしているだけで、挙げらた協力者の名前は知らないバンパイアのものばかりだった。僕の中に疑問が浮かぶ。
「ねぇカーダ。誰だっけ、あのサイラ、ス?じゃないや、サイ…ラッ、シュ、そうサイラッシュだ。サイラッシュってバンパイアはまだ仲間じゃないの?」
カーダに従い自らの命を絶つほどの覚悟を見せた彼はとても頼りになるはずだ。
だけどカーダの反応は予想外のものだった。
「驚いた、これはいよいよ本物だな」
「どういうこと?」
「サイラッシュの名前を知っているバンパイアなんて俺しかいないってことだ。」
僕の方こそ驚いた。思わずカーダに詰め寄る。
「え!?じゃあサイラッシュはまだバンパイアじゃないってこと?」
「それどころか俺たちを狙うバンパイアハンターなんて物騒なものをやってるよ。」
なんてことだ!僕は頭を抱えたくなった。よりにもよってバンパイアハンターだって?
絶望したような僕の顔を見てカーダが笑った。
「現在進行形で勧誘中だけどな。どうせだからダレンも会ってみるか。」
◇
カーダに連れて行かれたのはバンパイア・マウンテンからそう遠くない、それなりに大きな街だった。
「こっちだ。」
カーダの後について複雑な路地を右に左に進む。石造りの町並みは慣れない僕には全部同じに見えて、道を覚えようという気にすらなれなかった。万が一にでも一人で来る事があれば絶対にカーダに分かりやすい地図を作ってもらおうと何の意味も無い決意を固める。
「ここだ」
もう路地ではなく裏路地という方が正しいような細い角を曲がると、そう言ってカーダが足を止めた。
カーダの背中しか見ていなかった僕はその先に目を遣る。
「…行き止まり?」
「いや。壁はあるが行き止まりじゃない。」
そう言ってカーダは迷うことなく幾つかのレンガを押した。
レンガは容易くへこみ、それが何かの仕掛けであることを僕は悟る。
何が起こるのだろう?
緊張に息を飲み、じっと様子を伺う。
そして。
カーダは壁の窪みに手を掛け、そのまま上りだした。
「どうしたダレン、いくぞ?」
「え、ちょっとカーダ、コレって壁が動いて道ができたりとか、向こうにいる誰かが合図を受けてロープを投げたりとか、そういうのじゃないの!?」
「何を子供みたいなこと言ってるんだダレン。大体誰かに見つかったら困るからこんな裏口から来てるじゃないか。」
「裏口!?」
この壁の事を言ってるのか!?
「確かに壁が勝手に動くなんて、一瞬でも思った自分がバカだと思うけど、でもコレが裏口!?」
言う間にもカーダはスイスイと壁を登っていき、慌てて僕は後を追いかけた。
「ねぇ、ちょっとカーダ!コレ壁だよね!?裏口じゃないよね!?」
返事はなかった。
◇
裏口という名のただの壁を越えた後、僕達は無事、館の中に忍び込む事が出来た。
どうやら外観からは想像出来ないほどに中には人がいないみたいだ。
カーダは忍び込むのに慣れているようで進む足取りに全く迷いが無い。雨樋や窓の桟を使って二階までよじ登るとカーダが目の前のガラス窓を叩いた。いくらも経たないうちに絨毯を踏む音が聞こえ、内からカーテンが開かれる。
「久しぶりですねカーダ。」
「久しぶりだなサイラッシュ。」
中身だけを聞けば普通に知り合いの再会の挨拶なんだけど状況を考えて欲しい。窓を挟んで中と外の会話なのだ。誰かに見つかったら一大事だ。
口を挟んでサイラッシュの機嫌を損ねるわけにもいかないので僕はじっと待っていた。
会話は続く。
「その子供はなんです?」
「友人だ。」
僕の事を友人だと言ってくれるカーダ。
事も無げに発せられたカーダの答えに嬉しさが込み上げてきた。
サイラッシュの視線が一度僕を捕らえカーダに戻る。
「そうですか。あなた、バンパイアの中に友達いたんですね。」
「なっ―!」
あまりの言い草に僕は窓から落ちそうになった。
危ういところをカーダの右腕が支えてくれ、そのまま大丈夫だと僕の背中を軽く叩いく。
「あー…サイラッシュ?。それはどういう意味か聞いてもいいか?」
苦笑交じりのカーダの声に困惑はあっても怒りはなかった。
「どうと言われましても。ま、いいでしょう。失礼なことを言いそうなのでやめておきます。」
サイラッシュが一歩下がって窓から離れる。
「入りなさい、用件を聞きましょう。」
僕達が中に入ると、窓を閉めたサイラッシュは無言で部屋を出て行った。
部屋を囲むように壁沿いに設置されている大きな本棚。それぞれに分厚い本がぎっしり詰まっている。同じく大きな書斎机。面積の半分以上は紙束が積み上げられている。部屋の隅には似つかわしくない丸い小さなローテーブルを挟んで二人掛けのソファーが二つ。カーダにならってソファーに座り、部屋を眺めていると程なくサイラッシュが戻ってきた。手にはティーセットが乗ったトレーを持っている。
「それで?また今日は何しに来たんです?いつもいつも本当に暇な方ですね。」
紅茶をカップに注ぎながらサイラッシュが口を開く。
さっきも思ったのだが何と言うか何と言うか何と言うかサイラッシュは口が悪い。
カーダが全く気にしていない様子なのでこれが二人の間では普通のやりとりなのだろうと思うがそれでも聞いてる方は冷や冷やする。
「単刀直入に言おう。バンパイアになって仲間になってくれ。」
「お断りします。」
即答だったがもちろんここで引き下がるわけにはいかない。
「お前がバンパイアハンターなんてやってるのもバンパイアの生態を研究するためだろ?」
「ええ、血を注ぐなんて非科学的な行為だけで、人間の何倍もの寿命を得て、身体能力まで跳ね上がる?その代わりに太陽の光を浴びると死んでしまうなんて、あなた達どれだけファンタジーの世界で生きてるんですか。研究対象としての魅力は余り有りますね。」
「寿命が延びれば研究に時間を掛けられる。」
「その代わりバンパイアに対する非人道的な実験は出来なくなりますね」
「バンパイアは内に入ったものには協力的だからデータの採取にも格段に進む。」
「その代わりに人としての私を殺せと言うのでしょう?」
人としての生とバンパイアとしての生は天秤に掛けるには余りに違い過ぎる。
自分から人間の生を捨て、バンパイアの生を選ぶ人間はハッキリ言ってそう多くないだろう。
僕だって親友の命が懸かっていなかったら絶対にバンパイアになんてならなかったはずだ。
だけどぼくはバンパイアになりバンパイアとして死んでいってしまった。
一族のために誇りをもって生きる事を、高潔な生き様を知ってしまった。
そして知ってしまった以上、見逃せない事が今起きようとしている。
「お願いします!」
僕は思わず立ち上がっていた。
「バンパニーズとの和平を成立させるには、みんなを救うためにはどうしてもあなたの協力が必要なんです!」
まるで眼中になかった僕がいきなり大声を出してテーブルにぶつけそうなほど頭を下げたのだから驚くのも当然だ。
「ちょっとやめてください子供。」
サイラッシュは慌てて僕の隣にまわって顔を合わせるようにしゃがんだ。
「……わかりましたよわかりました。いい加減カーダの誘いにもうんざりしてたところですし。―あなたに協力して差し上げます。」
ゆっくりとソファーに座らされながら信じられないような言葉が聞こえてきた。
「元々あと一度誘いが来たら受けようと思っていたんです。カーダの言う通りですしね。時間が増えてデータも取りやすくなる。何より研究対象が滅びてしまっては元も子もありません。」
それに、とサイラッシュは僕の頭を一度撫でた。
「私は子供の誰かを助けたいという願いを聞かないようなひどい大人であるつもりはありませんから。」
子供。僕の外見はそうとられるものなのだ。せっかくの勘違いだから利用しろという気持ちとそれはフェアじゃないという気持ちがせめぎ合う。
僕はバンパイアだ。
卑怯な真似は出来ない。
「あの、サイラッシュ、さん。僕はこんな姿だけどバンパイアだから本当はもっとずっと年をとっています。僕の見掛けだけで決めてくれたのなら…」
決死の覚悟に返ってきたのは、心底あきれたような表情だった。
「何を言ってるんですかこの子供は。」
「だから僕は―」
「子供ですよ子供。年齢の話じゃなくて思考回路が子供だと言ってるんです。わからないでしょう?ま、いいです。子供と言われるのが嫌なら大人になりなさい。私としてもあまり長い間同じ子供の相手はしたくないですからね。」
ぽかんとする僕に成り行きを見守っていたカーダが声を上げて笑った。
「ついに折れてくれたか。感謝するよサイラッシュ、そして歓迎する!」
「当然です。」
一瞥し無愛想に答えるサイラッシュにカーダが悪戯を思いついたように言う。
「どうせだからダレンに血を注いでもらうか?」
「馬鹿なこと言わないでください。例えどんなに小さな傷だとしても子供というのはなるべく傷つかないほうが良いんです。ほら早く手を出しなさいカーダ。」
こうして僕達は強力な味方を得ることに成功した。
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