06. Larten

そして更に数年、ついにバンパイア総会が始まる。

知らせを受けてから僕が妙に浮かれている事はみんなが気付いていた。何がそんなに嬉しいんだと聞かれるたびにカーダ以外にはお祭り騒ぎが楽しみなのだと答えてきたけど本当の理由はそうじゃない。カーダが元帥に就任する今回の総会には必ずやって来るはずなんだ。
そわそわした僕を見るたびにカーダが苦笑する。

「ダレンはクレプスリーに半バンパイアにしてもらったんだもんな。」

そう、クレプスリーに会える。考えるだけで胸がドキドキしてくる。 待ってるだけで落ち着かないから総会の準備中もカーダに色々付いて動き回っていた。 そしてさっき割り振られた作業が丁度一段落したときに、聞き間違いようのない声が後ろから聞こえた。

「おお、カーダ!久しぶりだな!聞いたぞ、元帥になるそうだな!」

僕は胸を弾ませて振り返る。

「クレプスリー!久しぶりだ!ああ、ギリギリだったけど何とか信任を得ることができたよ。そうだ、紹介しよう。友人のハーキャット・マルズだ。ハーキャット、彼はラーテン・クレプスリー。」

カーダが応えながら立ち竦む僕の背中を押す。
でも僕はそれどころじゃなくなっていた。
感動の再開?そんな場合じゃない。
だってまさか。

「我輩もこいつを紹介せんとな。隠れてないでこっちにこんか。紹介しよう。まだ半バンパイアだがなかなかの」

クレプスリーの手を肩に添えられて。
クレプスリーから苦笑を向けられて。

「何でだよ!何でそいつが!」

クレプスリーの横で。






スティーブ・レナードが僕を不思議そうに見ていた。







「どうしたんだハーキャット!」

スティーブに掴みかかった僕を慌ててカーダが引き剥がした。
カーダには突然僕がかんしゃくを起こしたように見えただろう。
クレプスリーが庇うように(いや、実際に庇ったんだ)スティーブの前に出て僕の目の前は真っ赤になった。

何で!

「何で!」

お前が!

「お前が!」
「ハーキャット!」

後ろから抱えるように押さえ込まれ、耳元で名前を叫ばれて僕は息を止めた。

―ああ、そうだ。僕は、ハーキャットで。ぐるぐるする。二人とは、初対面で。もやもやする。掴みかかるのは、いけないことで。どろどろする。僕は、謝らなきゃ―

「ご、めん。人違い…だ。君が大嫌いな奴に、似てたから。」

一言一言ありったけの力を込めて口を動かす。こんな全身の気力を奪われるような嘘は初めてだ。
全てが真実から程遠かった。
だって本当は人違いじゃないし、僕はスティーブを大嫌いなわけじゃない。そりゃ恨んだけど、憎んだけど、今でも残っている感情は哀れみだけだ。シルク・ド・フリークで僕を追い返したとき、スティーブも一緒に救えたと思っていた。

なのに!

クレプスリーがスティーブを優しく見守っている。
クレプスリーがスティーブを心配して守ろうとする。
それがこんなにもつらいとは思わなかった。そこは僕の場所だ!あんたの手下は僕だけだろ!?叫びだしたい気分だ。 これ以上一秒だってここにいるのに耐えられない。
ぐちゃぐちゃな気持ちのまま、僕はカーダの腕を押しのけてどこでもいいからとにかくこの場を離れようとした。
そのときだ。

「別にいいぜ。だけど、」

スティーブが照れくさそうに右手を差し出してきた。

「俺はスティーブ・レナード。お前、俺の親友に似てるから仲良くしてくれると嬉しい。」

返されたセリフに僕の中の真っ黒な気持ちはそれこそ嘘のようにスッと消えていった。そうだ、スティーブは念願のバンパイアになれて、最高の(本当に最高の)師匠からバンパイアの生き方を学んでいるんだ。あのときみたいに残虐非道な性格をしている訳がない。スティーブはバンパイアになれなかったからバンパイアを滅ぼそうとしたんだ。クレプスリーがスティーブを手下として認めたのならスティーブの心が歪む理由なんてない。だから僕に手を伸ばしているのは僕の親友のままのスティーブだ。

ねぇ、クレプスリー。
あんたと笑いあうのが僕でないのは悲しいけれど。
ただもう本当に悲しいけれど。




悲しいだけでは進めない。
僕はスティーブに右手を返し笑顔を返す。

「僕の名前は――」