かえる日



二人一緒に深く深く川底に沈んだ。
そして片方が死んだ。
片方は死ななかった。
死んだのがスティーブ・レナード。
死ななかったのがダレン・シャン。

僕は、生き残ってしまった。








その後のことはよく覚えていない。
思い出したくもないから、もしかしたら自分で記憶を消してしまったのかもしれない。
ただタイニーの癇に障る笑い声だけを覚えている。

覚えていない。

ただ気が付いたら岩と砂だらけの赤い世界に一人でいただけだ。
そういえば、ハーキャットの魂を無理やりはぎ取った気がする。
そういえば、バンチャの首を掻き切った気がする。
そういえば、人間の血をまき散らした気が
そういえば、バンパイアの山を根こそぎ
そういえば、バンパニーズ達の

ああ、そういえば、何か、小説を――

壊した気が。

覚えていない。

タイニーの癇に障る笑い声だけが耳に残っている。
そのタイニーも、もういない。
僕の力があいつの力を上回ってすぐに消してしまった。
そのときタイニーは笑ってたっけ?

覚えていない。

闇の帝王だって。
気に入らないものは全部捻り潰すんだって。
笑っちゃう。

全てを壊して、あとはもうこの大地しか残ってないけど、こんなつまらない風景をタイニーは欲しがってたのかな。
変なやつ。
あ、竜がいたんだっけ。
何、タイニーって竜の世界をつくりたかったの。
そうだったのか。
ふーん、ごめんね。竜も壊しちゃった。

なぜか大地は今のところ別に壊す気にならないんだよね。
寝転がると楽だからかな。
いつか壊したくなるかもしれないけど今はいいや。
そうするともう何もすることがないから、ただひたすら時が過ぎるのに付き合うだけだ。
僕の世界が終わるまでの長い長い暇つぶし。
退屈しのぎの待ちぼうけ。
何もない大地と何もない空の間に横たわり、つらつらと瞼の裏に再生される記憶を眺める。

切ったり刺したり燃やしたり潰したり。
なんで僕はこんなことをしたのかな?

切られたり刺されたり燃やされたり潰されたり。
あれ?
闇の帝王なんて滑稽なモノになって以来、僕を傷つけるようなことが出来る存在なんてなかったはずなのに。
どうしてこんな――思い出す――記憶が――思い出した――

思い出した。
何百年も昔の心。


僕はスティーブといっしょに、いきたかった。








思い出してしまえば後はじっとしてなんていられなかった。

時間を越えるなんて簡単なことだ。
扉を作ってくぐるだけでいい。
記憶がどんどんハッキリしてくる。
頭がどんどんスッキリしてくる。

簡単なことだ。
溜まっていた力を惜しみなく注いで一つの扉をつくりあげた。
大地は結局壊さなかったから僕は闇の帝王に成り損ねたのかな。
いいや、そんなことはどうでもいい。
僕にはやることが出来た。
生き残って選ばれて壊して力をつけてここまで来ないと出来なかったこと。

僕が闇の帝王だというなら、気に入らない未来も過去も壊せるはずだ。
これから過ごすはずだったつまらない未来も、絶望で満ちたつまらない過去もいらない。

全部壊して、僕は帰って。


そして『僕』とスティーブは一緒に生きて――一緒に往くんだ。